第24回 戦争の「反省」はできない
梓弓
以下の文章(全四十一篇)は『時事評論石川』(北潮社)の第八〇三号(令和三年三月号)から、休刊によつて最終回となつた第八五一号(令和七年三月号)まで一月と八月を除く毎月連載したものである。これは筆名コラム欄だつたので「梓弓」を筆名とした。
それ以前、同じミニコミ紙に「白刃」の筆名で書いた三十篇があつたが、令和三年三月に上梓した拙著『言問ふ葦――「常識」を取り戻すために』(高木書房)に収録したことにより、後続のコラムには「梓弓」いふ筆名を用ゐたのである。「刃」の次は「弓」といふ趣向だつた。
このコラムは一行十一字で九十九行といふ制限があり、多少窮屈であつたが、制限文字数に収めるといふ訓練にはなつた。今回再録するにあたり、「時事評論」は「生もの」であることに鑑み、あまり手を加へず、ごく一部を除き発表当時のままとし、肩書なども当時のままとした。
それ以前、同じミニコミ紙に「白刃」の筆名で書いた三十篇があつたが、令和三年三月に上梓した拙著『言問ふ葦――「常識」を取り戻すために』(高木書房)に収録したことにより、後続のコラムには「梓弓」いふ筆名を用ゐたのである。「刃」の次は「弓」といふ趣向だつた。
このコラムは一行十一字で九十九行といふ制限があり、多少窮屈であつたが、制限文字数に収めるといふ訓練にはなつた。今回再録するにあたり、「時事評論」は「生もの」であることに鑑み、あまり手を加へず、ごく一部を除き発表当時のままとし、肩書なども当時のままとした。





