梓弓

第1回 女の敵は女

先月(令和三年二月)、森喜朗が「女性がたくさん入つてゐる理事会は時間が掛かります」と発言し、それが所謂「切り取り報道」をされて集中砲火を浴び、辞任に追ひ込まれた。

「話が長い」御仁は男にもゐるし、右の話はラグビー協会の話であるから、あの場で言ふ必要はなかつたと筆者も思ふ。ただ森が言ひたかつたのは、「文科省がうるさく言ふ」ので女性理事を入れたら「時間が掛かる」やうになつた、なぜならラグビーの素人が多いから、といふことだ。だから、これはむしろ、何が何でも「女性四割」論の文科省への当て擦りなのだ。「女性差別」では断じて無い。それに、「競争意識が強い」の直前には、女性の「優れてゐるところですが」と断つてをり、組織委員会在籍の七人については「みんな弁へてをられる」「役立つてゐる」と言つてゐるのだ。

だから、森の今回の発言を以て「女性差別」と大騒ぎするのは為にする議論か、お調子者たちの乱痴気騒ぎでしかない。

仮に女の委員なり議員なりが「男の委員は話が長い」と言つたとして、それが男への差別だと騒ぐ者があらうか。「最近の若者は礼儀知らずだ」と言へば、若者差別だと非難されるのだらうか。

抑々日本ぐらゐ女性が大切にされてゐる国は無い。イスラム諸国は言ふに及ばず、キリスト教国も「ファロ・サントリスム」(男根主義)が基本なのだ。「レディ・ファースト」などの言葉に騙されてはならない。

我が国は酔払ひと女には甘い面がある。森の後を襲つた橋本聖子がいい例だ。フィギュアスケートの高橋大輔の口に酔払つてキスをしたではないか。もしも男の議員が浅田真央に同様のキスをしたらどうなるか。議員辞職は勿論、社会的に抹殺されるであらう。

我が国の最高神は女性神アマテラスであり、「ウチの上(かみ)さん」も「神」に繋がるといふ説もある。だからこそ「山の神」とも言ふのだらうし、たいていの家庭では奥方が財務大臣なのだ。恐妻家も頗る多い。

一方で、「女の敵は女」といふ俗諺もある。読者は試しに、頭でつかちではない女性に訊いてみるが良い。右の俗諺を認めるはずだ。

筆者は性別に関係なく、それぞれ適材適所、相応しい「所を得る」ことが最も大事だと思ふ。機械的な「クオータ制」なんぞ馬鹿馬鹿しいと思ふし、有能な女性にとつてはむしろ有難迷惑ではないか。

「女性の社会進出」を政府が奨励しても、「女の浅知恵」(といふ俗諺もある)を絵に描いたやうな立民党や社民党の議員を見てゐれば、世の賢明なる女性が少なくとも政治家になるのを躊躇したとしても、無理もない。(令和三年三月号)

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

この論考は役に立ちましたか?

参考になりましたら、下のボタンで教えてください。

関連論考

新着論考
会員限定
おすすめ
PAGE TOP
ログイン 会員登録
会員登録