梓弓

はしがき――読者の皆様へ

以下の文章(全四十一篇)は『時事評論石川』(北潮社)の第八〇三号(令和三年三月号)から、休刊によつて最終回となつた第八五一号(令和七年三月号)まで一月と八月を除く毎月連載したものである。これは筆名コラム欄だつたので「梓弓」を筆名とした。

それ以前、同じミニコミ紙に「白刃」の筆名で書いた三十篇があつたが、令和三年三月に上梓した拙著『言問ふ葦――「常識」を取り戻すために』(高木書房)に収録したことにより、後続のコラムには「梓弓」いふ筆名を用ゐたのである。「刃」の次は「弓」といふ趣向だつた。

このコラムは一行十一字で九十九行といふ制限があり、多少窮屈であつたが、制限文字数に収めるといふ訓練にはなつた。今回再録するにあたり、「時事評論」は「生もの」であることに鑑み、あまり手を加へず、ごく一部を除き発表当時のままとし、肩書なども当時のままとした。

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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