蟷螂の斧

第14回 高市首相、ご乱心か!

先般の衆議院選挙で歴史的大勝を遂げ、支持率も相変はらず高止まりしてゐる高市首相の言葉に、最近になつてブレを感じてしまふのは筆者だけだらうか。

一つには、「親子別姓」を必然的に招く「選択的夫婦別姓(氏)」問題に関して、二月十八日、旧姓を公的証明書などに単独で記載することを可能にする検討を進めるやうに、首相として平口法相と黄川田男女共同参画担当相に指示したといふのだ(「産経」二月二十日付)また、第二次内閣発足に伴ひ全閣僚に指示書を渡し、右の二人への指示書には「旧姓の単記も可能とする基盤整備の検討」が明記されてゐたとのことである。

これは従来の高市の考へを知る者にとつては驚天動地と言つても過言ではない。この選択的夫婦別姓(氏)推進派の奸計(最終的には戸籍から個籍への移行と家族文化の破壊)を認識して、その危険性を早くから意識した高市は、既に平成十四年(二〇〇二)には「婚姻前の氏の通称使用に関する法律案」を起草し、自民党法務部会に提出してゐる。同時に、別姓推進派の案も出され、これらは部会で調整がつかずに両案共に否決されたが、高市案の内容は、夫婦の氏が同一であることを維持しつつ、婚姻により姓を改めた者が不利益を被らないやうに、婚姻前の氏を通称として使用できるやうにするといふ、至つて穏健で、しかもこれ以外にはないであらうといふほど優れたものであつた。今読んでも説得力があると私は思ふ。

名前と制度を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

しかし、その高市が今回、旧氏の単記を可能にするやうなことを言ひ出したのである。私は最初、連立を組んだ維新側の顔を立ててのことだと思つたし、さういふことを言ふ言論もいくつか見聞きした。一応はそのやうに法相らに命じはしたが、どうせ反対論が強くて成立しないのを予め織り込んでゐるのだらうとさへ思つた。

けれども、維新との連立合意書を読んでみると、そんなことは一切、書かれてゐない。そこには、「戸籍制度及び同一戸籍・同一氏の原則を維持しながら、社会生活のあらゆる場面で 旧姓使用に法的効力を与える制度を創設する。そのために、旧姓の通称使用の法制化法案を令和八年通常国会に提出し、成立を目指す」とあるのだ。「単独記載」とか「旧姓の単記」とかは全く書かれてゐない。高市の従来の主張が繰り返されてゐるだけである。

どうして、「単記」のやうなことを法相らに指示したのか、その理由は私には全く分からない。分かるのは、婚姻後の姓と旧姓の併記ではなく「単独記載」で良いとなれば、運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど、身元確認で多く使はれてゐる書類が氏名を保証することになり、実質的には選択的夫婦別姓(氏)と何ら変はらぬものとなるといふことだ。親子で病院に行き、マイナンバーカードを保険証代はりに提示した際、親子で姓が異なるといふことが起きる。

しかし、ここまで書いて来て、三月二日の衆院の予算委員会のテレビ中継を見てゐると、参政党の吉川里奈の質問に、高市首相は「単記も」(「も」にアクセントを置いた)といふことであつて、「(戸籍重視といふ)大きな方針を変更したわけではない」「(運転免許証などの)本人確認に用ゐられる書類には併記を求める」などと回答し、一方、「単記にリスクが生じれば考慮する」と留保を付けた格好だが、途中の議論では、様々な場(政府全体、地方公共団体、公私団体、事業者など)で「旧氏の単記の利用が進んでゆけば、旧氏の一層の拡大使用に繋がり、不利益を減らせる」とも言つてゐる。これらの回答、特に公証性のある免許証などは併記、そして戸籍制度は維持、といふ回答に吉川は「安心した」と言ひ、筆者もまたある程度安堵した。

本人確認を考えるを表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

しかし、と私は思ふ。例へば、職場で名札を着用するとき、まさか戸籍上の姓と旧姓を併記するといふのは現実的ではないから、旧姓を名乗りたい人は旧姓だけを表記するであらうし、喫茶店や食堂などの壁に掲示してある「食品衛生管理者」の名前も同様であらう。言ふまでもなく、研究論文の著者名も同様だ。もしもさうであれば、わざわざ「単記も可能とする」などといふ言葉は言はずもがなではなかつたか。やはり「単記」などといふ言葉を使ふと推進派がそこから力を得て、それが「蟻の一穴、天下の破れ」とならないか多少の不安を感じる。また、さういふ言葉が突然出て来たのは何かの力が背後から加はつたからではないかといふ疑念を私は払拭できないのだが、どうだらうか。何せ、自民党内でも別姓派の議員の方が多いと聞いてゐるのだ。

ただ、そもそも、そのやうな旧姓の「単記」が可能になつたとして、どのくらゐの人々がその権利を行使するのかは疑問だ。令和三年度に法務省民事局によつて実施された世論調査では、「婚姻による名字の変更により、不便・不利益はないと思う」との回答が全体で八十一%を占め、別姓推進派さへ十六%もゐるのである。そして、平成二十九年の内閣府調査によれば、別姓が可能になつたとして、それを希望するかといふ問ひには、「希望しない」が四十七%に対して、「希望する」は十九・八%である。しかし、結婚後の姓に、或いは子供と同じ姓に、旧姓とは異なる新たなアイデンティティを感じることもあるはずで、さうなると、敢へて旧姓を名乗りたい人の比率はずつと少なくなるであらう(【追記】参照)。だから、今後の制度設計としては、「単記」の可能な範囲をできるだけ狭く絞り、基本はあくまでも「併記」にするべきだと思ふ。

ビジネスの場で、例へば「荒井と申します」と言ふ人物から名刺を渡され、その名刺に「荒井(松任谷)由実」と書かれてゐれば、最初は不慣れでも、欧米ではミドルネームは珍しくなく、すぐに慣れよう。それに、相手が既婚者であることが分かるので無用なトラブルも避けられるといふメリットもある。既婚者であることを隠したいと、不満を感じる向きもあるであらうが、さういふ人は「パートナー」との籍を入れなければ良いだけの話ではないか。「あらゆる社会の土台は、服従するというある種の誇りである。この誇りが無くなれば、社会は崩壊する」のである(E・M・シオラン『四つ裂きの刑』金井裕訳、法政大学出版局、傍点原文)。

仕事の名刺と日常を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

次に、もつと大きなブレを感じたのは、二月二十二日の「竹島の日」第二十一回目の式典(島根県など主催)に閣僚を出席させず、代はりに十四年連続で内閣府の政務官を派遣したことである。高市は昨年の自民党総裁選において、式典に閣僚が出席するべきだ、遠慮は要らないと主張してゐたのだから。

式典には自民党三役の一人、有村治子総務会長と進藤義孝衆議院議員(領土議連会長)が出席したが、雄弁で気骨があつて人気のある有村と雖も焼け石に水だつたやうで、会場からは「なぜ大臣でないのか」「恥を知れ」など激しいヤジが飛んだとのことだ(「産経」二十三日付、以下同様)。だがそれは当然であらうと思ふ。内閣には歴とした「領土問題担当相」が置かれてゐるのだし、進藤に至つては、埼玉県川口市のクルド人問題を長い間拱手傍観して、問題を拗らせた張本人であるから、会場に集まつた人々の受け取り方は推して知るべしであらう。

竹島が属する隠岐の島の池田町長は「『堂々と大臣が出席すればいい』と高市早苗総理が発言されたとき、一筋の光が見えたように思った」と挨拶で語つたが、この言葉には大きな落胆ぶりが表れてゐるし、参加者の多くが共感したことであらう。

私が信頼してゐるジャーナリストの門田隆将は、氏のユーチューブ番組で概ね次のやうに語り、高市を弁護した(二十二日配信)。要するに、国際関係が一触即発の状態にあり、日米韓台の亀裂は避けなければならないといふ「外交的配慮」が高市にあつた、しかし、有村、新藤を派遣し、特に総務会長は「閣僚二人分」の重さがあるから、首相としては最大限のことをしたのだと。

これは門田には珍しく腰が引けた擁護論ではなからうか。これまでもずつと「外交的配慮」といふ理由のもと、大臣が派遣されることはなかつたし、「一触即発」と言ふが、それは去年も、おそらく来年も同様なのではないか。この番組に寄せられたコメントも「忖度ばっかりの門田にがっかり」「門田さんには高市さんの声が聞こえても、一般国民には全く聞こえてきません」「韓国に気を遣ってたら竹島は帰って来ません」といふものが多く、最後のものなど完全に正鵠を射てゐる。それに、門田は「閣僚二人分」と真意不明のことを言ふが、そんなことは一般の韓国人には――もとより日本人にも――分からないから、ほとんど意味がない。その証拠に、同日、韓国外務省は早速、松尾駐韓総括公司を呼び出し抗議した。そして、報道官声名で「独島(竹島の韓国側呼称)は我が国の領土であり、(日本は)謙虚な姿勢で歴史を直視すべきであり、式典を直ちに廃止するべき」と、いつものやうに要求した。こちらが忖度しても韓国はしない。こんな関係に楔を打ち込むには多少とも強硬姿勢が必要である。高市の対中共(中国)への強硬姿勢に対して、中共は何ら効果的な対抗策を打ち出せてゐないではないか。

式典終了後、古川政務官は報道陣に「諸般の事情で政務官の出席となったが、政府は総力を上げ、韓国に対して粘り強く毅然と対応する」と述べたといふ。我々日本国民は何度この言葉を聞かされて来たことだらう。大臣すら派遣できずに「毅然」も何もあつたものではない。ともあれ、高市に期待してゐた分だけ落胆阻喪した国民は多く、高市政権は初めて保守派の国民に借金を作つたことになつたと言へるのではなからうか。「借金」はいづれ返して貰はねばならない。

外交と継続的課題を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

ともあれ、今後の展開を注視する必要がある。〈了〉(敬称略)(令和八年三月三日)

【追記】

内閣府が令和六年に実施して、七年二月に発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」では、結婚後に姓が変はつた場合、働く際に旧姓を通称として使ひたいかを尋ねた質問に「使用したいと思わない」との回答が全体の五十五・二%あり、面白いのは女性の五十九・二%が否定的に回答してゐることだ。

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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