先月九日、長崎市で開かれた恒例の「平和祈念式典」に鈴木史朗市長はイスラエル大使を招待せず、パレスチナ自治政府代表は招待した。
これについて市長は、「政治的理由ではなく、不測の事態発生を勘案した」と語つたが、これは明らかに虚偽説明である(現に広島では何も起こらなかつた)。
「産経」によれば、七月には、所謂G7の国々の駐日大使たちが再考を迫る書簡を市に送付したが受け入れられず、揃つて式典欠席となつた。
上川外相は外務省が国際情勢について市側に事前に説明してゐたとしたが、内容については明言を避けた。だが、事は国際問題であり、外務省の立場を内外にはつきりと説明するべきだつた。林官房長官も、「政府としてコメントする立場にない」と逃げを打つた。頬かむりをして、時間の経過を待つといふいつもの岸田内閣の遣り口だ。
昨年十月、テロ組織ハマスがイスラエルの音楽祭を急襲して千二百人以上を殺害の上、二百五十人以上を拉致し、さらにロケット弾数千発を撃ち込んだ際、岸田は「X」において、「すべての当事者に最大限の自制を求めます」といふ所見を表明。外交音痴をさらけ出したことがあつた。今回も同様で、SWCなどのユダヤ人団体やEU諸国が反発するのは当然である。欧米メディアのコピーである日本のメディアにも責任があるが、ロシアの侵略戦争とイスラエルの自衛戦争を峻別できない鈴木や岸田は政治家失格だ。
長い間、「原水協」と「原水禁」の覇権争ひの場であり、既に政争の具となつた「平和祈念式典」の意味と方法を改めて問ひ直す時期が来てゐる。抑々、施設に祀られてゐる御霊に戦後の反戦・平和主義は無関係だ。
岸田がメッセージを読み上げてゐる間、TVカメラは退屈さうにしてゐる何人かの外国人招待客の表情を映し出してゐた。「核廃絶」なぞ絶対に出来ないことは皆分かつてゐるのだ。それに何故「核」なのだ。東京大空襲では焼夷弾の絨毯爆撃により一夜にして十万人の生命が奪はれた。これは長崎の原爆による死者より多い数字だ。この爆撃も含めて、広島、長崎と続くアメリカの国際法違反を非難すること無しに営まれる追悼式とは茶番以外の何物でもない。(広島の原爆慰霊碑の碑銘「過ちは繰り返しませぬから」も欺瞞であり、茶番に一役買つてゐる)。
小欄は戦没者も一般戦災死没者も共に心から追悼したい。追悼とは、死者を偲んで悼み悲しむことなのだから、未だ謝罪もしないアメリカを批判できぬくらゐなら、また、招待国の選考程度で国内の分断が起きるぐらゐなら、日本人だけで式を営むのも一つの方法ではなからうか。(令和六年九月号)














