神道・宗教・日本思想を考える
第24回 戦争の「反省」はできない
第23回 「法の支配」と言ふけれど……。
第22回 沖縄・アイヌ・メディアの闇
第21回 短慮にして不勉強なり、石破茂
第20回 高市首相の「技あり」か?
先般の衆議院選挙で歴史的大勝を遂げ、支持率も相変はらず高止まりしてゐる高市首相の言葉に、最近になつてブレを感じてしまふのは筆者だけだらうか。一つには、「親子別姓」を必然的に招く「選択的夫婦別姓
二月十八日、第二次高市早苗内閣が誕生したが、高市が首相になつてからといふもの、オールドメディアは何かと高市を貶めようといふ執念に取り憑かれてゐるかのやうで、高市自民党が大勝した後も、自分たちの希望的観
第五十一回衆議院議員選挙が終はつた。私は前回書いたやうに、高市政権の存続を望んでゐたから、一方に自民党全体の不人気があり、一方では旧公明党(創価学会)の票が野合新党「中道改革連合」、特に旧立憲
一月二十七日に公示され、第五十一回衆議院議員総選挙が始まつた。私は本稿第七回、第八回に書いたやうに、高市総理は優れてゐる、応援しようといふ立場である。自民党と維新で何とか過半数を獲得し、長期政権に結び
(お断り)本稿でも所謂「中華人民共和国」を「中共」(中国共産党の略)と表記してゐますが、馴染みのない読者諸兄姉のために理由を列挙しておきます。一、あの国が「人民共和国」ではあり得ないこと。さう
高市早苗が総理総裁になつてからこの年末にかけて、何やら我が国が、我が同胞の表情が、明るくなつたやうな気がするのは筆者だけであらうか。前首相のあの不景気面――ルッキズムと批判する勿れ。顔の造作ではなく表
前回、石破茂前首相の「戦後八十年所感」を、対外諸情勢に触れぬ独り善がりの史観(人によつてはこれを「独り相撲史観」と呼ぶ)として批判したが、実はもう一点、どうしても反論したいことがある。それは、
自民党の新総裁が決まり、公明党が自民党との連立から離脱することになつた。そして、次の首相は誰かと永田町を中心に日本中が喧しい十月十日、「解決済みの歴史問題を無用に掘り起こす」等々の事前の批判にも拘はら
また新潮社がやらかした。「また」と言ふのは、七年前の『新潮45』(平成三十年八月号)が、杉田水脈衆議院議員(当時)の論文「『LGBT』への支援が過ぎる」を掲載したところ、非難が轟々と巻き起こり、十月号
毎年のことだが、八月は憂鬱な月である。なぜなら、テレビも新聞も終戦記念日の前後に「大東亜戦争」について十年一日の如き番組や記事を垂れ流すからである。E・H・カーの言ふやうに、歴史とは、「解釈」のことで
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