第五十一回衆議院議員選挙が終はつた。
私は前回書いたやうに、高市政権の存続を望んでゐたから、一方に自民党全体の不人気があり、一方では旧公明党(創価学会)の票が野合新党「中道改革連合」、特に旧立憲民主党にどのくらゐ流れるかが不明であり、また、参政党の候補者と競合する選挙区も多数あつたので、その点でかなり心配してゐた。しかし、それらはほとんど杞憂に終はり、結果は周知の通りとなつた。
自民党の勝ち取つた議席が単独過半数どころか、三分の二の三百十六議席にまで達したのである。尤も、さらに十四議席を比例で獲得してゐたので、本当は三百三十議席だつた。それを自民は四つのブロックで計十四議席分の候補者が不足し、公選法の規定により、せつかくの獲得議席を中道に六、維新・国民・みらいにそれぞれ二、れいわと参政に各一と譲り渡すこととなつた。他党に渡すといふ規定自体が異様であるが、それはともかく、候補者の不足を来したとは何と言ふ間抜けな話であらうか。それに何より、その結果、中道の西村智奈美、菊田真紀子、長妻昭、れいわの山本譲司などが議席を得てしまつたわけで、自民党員にあらざる私も、自民党選対委員長の古屋圭司の不手際には憤りを感じる。
ともあれ、この大勝利にひとまづ安心したけれども、「人気」などといふものは儚いものだといふことも銘記しておくべきであらう。思ひ出して欲しい。平成二十一年(二〇〇九)、民主党政権といふリベラル政権が成立した直後の支持率は七十二%もあつたのである(NHKの世論調査)。それが三年と少しの短命に終はり、政権末期には支持率は二十%となつたのだつた(同)。そして平成二十四年の衆院選では、改選前の二百三十議席を五十七議席にまで激減させたのである。当時の首相は誰あらう、野田佳彦だつた。
と言つて、十日付「朝日」のやうに、「3分の2の有権者が自民に投票したのではない」とか「自民の比例得票率は36%で、6割以上が別の党を選んだ」(天声人語)とかの嫌味を言ふつもりは私にはない。高市政権と自民党を腐してゐるのでもない。頑張つて欲しいと心底より思つてゐる。ただ、この選挙では皮肉な結果も招来した。
自民党には、昨年までに保守系有権者の自民党離れを加速させた当の悪玉議員たちが大勢在籍してゐて、つまり、石破茂や岸田文雄をはじめとして、せつかく高市が引導を渡さうとした村上誠一郎も、岩屋毅も、河野太郎も、阿部俊子も、その他、媚中・親中議員の多くもまた当選してしまつたのだ。自分の住む小選挙区で、私は自民党候補に投票しなかつた。この候補者は二枚舌であり、全く信用してゐなかつたからだが、比例復活で当選してしまつた。このやうな事例が、自民党の大勝の裏で日本中で起きた。つまり、高市政権を応援したい、けれども自民党を応援すれば自民党を破壊した連中も当選してしまふし、かと言つて、他党に入れるわけにもゆかないといふ矛盾が今回の選挙には予め内在してゐたのである。今回の総選挙はまづ以て首班指名選挙でもあるから、その点でも全く同じ悩ましさがあつた。高市政権を望むなら、当然、自民党(もしくは維新)を支持するしかないわけである。そこが政治といふものの難しいところであると改めて思ふ。
しかし、選挙結果は変へられないのだから、高市政権を応援しつつ、反高市勢力が鎌首をもたげないやうに、保守派としては彼らを「監視」する必要があらう。反高市勢力は、移民政策を推進しようとするはずだから、媚中派的な思考の残滓である「共生社会」といふ甘く間違つた概念を高市首相には一掃して貰ひたいと思ふ。これは喫緊の課題だ。私も何度も書いて来たことだが、「移民政策」が成功した国は皆無なのである。「多文化主義は本来の文化を殺す」(スティーブン・ギブンズ)は本当のことだ。
それから、百害あつて一利なしの「LGBT理解増進法」を廃止して貰ひたいし、「選択的夫婦別姓」についても、高市の年来の主張である旧姓使用の法案を可決して欲しい。この二つは「国家破壊」と「家族破壊」といふ思想で密かに繋がつてゐるのである(池田良子「選択的夫婦別姓は〈家族死滅〉への道」『月刊Hanada』三月号)。これらについても野党内は疎か、自民党内にも「獅子身中の虫」がゐるから、高市の今後の戦ひは熾烈を極めるであらう。だから、応援するべきと言ふのだ。
今回の選挙で欣快至極の出来事は旧立民党の幹部議員たちが揃つて議席を失つたことである。岡田克也、枝野幸男、安住淳、小沢一郎、馬淵澄夫、江田五月、海江田万里、等々。さらにまた、比較的有名な、否、悪名高き議員たち、例へば、逢坂誠二、米山隆一、玄葉光一郎、山井和則、川内博史、吉田晴美、阿部知子、尾辻かな子、酒井菜摘、大串博志、等々も落選した。
公明党と手を握つた野田佳彦の間抜けぶりは選挙後に当然批判を招き、野田も斉藤鉄夫も共同代表を辞任した。それを受けて十三日に行はれた代表選には小川淳也と階猛が立候補し、僅差で小川に決まつた。「産経」によれば、選挙を控へての抱負として、小川は「(野党第一党には)政権の権力を監視していく重要な仕事がある」と語つたさうである。相変はらず代替案は出さず、政権を取る気はさらになく、これまでの立民党と同じく、ダラダラと政権批判だけを仕事とするやうだ。このやうな立民党の体質が今度の惨敗を招いたことに気付いてゐないとしたら、もはや、「病膏肓に入る」といふことなのだらう。尤も、選挙のためにだけ野合した中道改革連合にはおよそ「大義」といふものがなく、いづれ空中分解するであらうから、どうでも良いのだが。
今回の立民党大敗の理由は――これは想像であるが――、旧公明党議員を比例代表において抜かりなく全員を当選させたところを見ると、創価学会の組織票は盤石だつたが、小選挙区における旧立民党議員に対する投票行動は統制が全く取れてゐなかつたといふことではないか。何となれば、昨年夏ごろまで八期十五年にわたり代表だつた山口那津男が「仏敵」扱ひして「叩き潰せ」と強烈に批判してゐた立民党を応援することに、相当の心的抵抗があつた学会員もゐたであらうし、また、自分たちを集票機械の如く扱ふ党中央の決定に対して不快を感じた学会員がゐても不思議ではない。さらには、二十六年もの間連立を組んで選挙協力してゐた自民党議員との個人的な蜜月関係があつた学会員も大勢ゐたことであらう。
もう一つの大きな理由は、立民党がZ世代に見限られてゐたといふことであらう。私(昭和三十一年生まれ)の世代は高卒は高卒として、大卒は大卒として就職は何とかなるといふ楽観が支配的であつたと思ふ。昨日より今日、今日より明日と希望を繋ぐことができた、まさに高度経済成長の恩恵を受けた世代と言へる。しかし、今の若い世代は、就職氷河期が長く続き、自己の将来についてとても能天気にはなれず、政治や社会を厳しく見てゐる。だから、SNS世代でもある彼らはオールドメディアの嘘はおそらく簡単に見抜き、自民党の批判はするが代替案を出さぬ立民党は無力であり、自分たちの役には立たないといふ現実的な認識を共有してゐたのではないか。「天網恢恢疎にして漏らさず」である。
参政党は二議席から十五議席と「躍進」したが、おそらく神谷宗幣代表としては物足りなかつたに違ひない。『月刊Hanada』の昨年十二月号で「目標は四十議席以上」と編集長のインタビューで語つてゐたからだ。私は参政党の移民制限や夫婦別姓反対には賛成であり、積極財政と消費減税の二本立て推進論にも賛成であるから、他の野党よりはよほど好感を持つてゐる(神谷個人の「女性・女系天皇容認論」は承服しかねるけれども)。ともあれ、神谷代表が期待したほど参政党の議席数は伸びなかつた。
では、どうして伸び悩んだのかを考へると、一つには、昨年の参議院選挙で参政党が一挙に十四議席を獲得できたのは、岸田・石破の自民党政権による日本を毀損する政策の数々を見て、所謂「岩盤保守層」が自民党離れを起こして参政党へと流れたためであらう。しかし、今回の選挙では高市政権を支持する圧倒的な保守層が、迷ひながらだつたかも知れないが、自民党に投票したのではないか。その理由は先に述べた。
二つには、神谷自身の発言のブレがSNS上でしきりに指摘されたことではないか(中には神谷を「嘘つき」呼ばはりをした竹田恒泰もゐた)。特に、選挙前には、「高市政権とは賛同できる共通点があるので、親高市派が立候補する選挙区には候補を立てず、反高市派が立候補する選挙区には候補を立てる」(大意)と言つてゐたのは私も聞いた。ところが、実際には高市派の候補者の出る選挙区にも候補者を立てたのである。しかも、選挙運動期間中には、「高市首相を応援したければ参政党に」といふデマを流した参政党候補もゐたといふ証言もある。また、人事を巡る数々のゴタゴタもあつた。
これらすべてが神谷の責任とは思はぬが、神谷自身も先のインタビューの中で、「国が良くなるなら、参政党が伸びなくても構いません」と何やら怪しげなことを言つてゐる。この言葉は政治の素人を感心させることはあつても、政治について日頃から考へを巡らせてゐる人間を動かすことはない。これを以て「嘘つき」とまでは言はないが、政治において地道な多数戦略を否定するのは偽善的に過ぎると私は考へる。多数決こそが民主主義の原理だからといふこともあるが、何より「政治とは権力の分け前にあずかり、権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力」だからである(マックス・ヴェーバー『職業としての政治』岩波文庫)。
日本保守党の議席喪失については、百田尚樹の無責任発言が多くの保守層の眉をしかめさせたことや河村たかしとのトラブルなどが大きな原因であらうと思ふ。また、付き合ひがあるからあまり酷なことは言ひたくないが、島田洋一も「X」などでの軽率な発言が失点に繋がつた。
一挙に十一議席を獲得した「みらい」については未知のことが多く、何かを語る資格がまだ私にはない。社民党の福島瑞穂については何かを語る気がしない。〈了〉(令和八年二月十四日)
【追記】
参政党神谷宗幣代表の熱心な支持者は私の周りにもゐるから言ひにくいのだが、やはり以下のことは言はねばならない。
神谷はブルーリボンバッジを着けない。その理由を、昨年十一月三日に砂防会館別館で開催された「国民大集会」に党の代表として出席・登壇し、挨拶でかう言つたのである。
「(ブルーリボンバッジを)私自身はあまり着用しない。付けてゐるだけで、やつた気になつてしまふところがあるから」と。その直前に「一番大事なのは国民意識の啓発である」とも言つてゐる。だが、バッジは何より「国民意識の啓発」を目的としてゐるものだ。
確かに、拉致問題に関心を持つてゐるかのやうに見せたいといふ邪な動機で着用してゐる議員もゐるに違ひないが、だからといつて右の発言は奇妙奇天烈ではないか。堂々と着用した上で、救出のための活動をすれば良いだけの話だ。だから、降壇の際、司会の西岡力全国協議会会長から「神谷先生、皆さんに着けて貰ひたいんです。宜しくお願ひします」と軽く窘められたのである。しかも、その日採択された「決議文」の最後は「国民の全員がブルーリボンバッジを着けて救出への意思を示そう」なのだから、何をか言はんやである。その後も神谷が着用してゐる姿は見たことがない。
救出活動に三十年近くも挺身してゐる身としては、正直、非常に不愉快である。私は右の言葉を「自分は皆と違ふ」といふ些か幼稚な自己顕示のやうに感じてしまふ。それとも、自分は何もしてをらず、積極的に何かをする気がないので気が咎めるといふことなのだらうか。
しかし、この「大集会」はさういふ運動を長年行つて来てゐる団体主催の大会なのだ。控へ目に言つても失礼ではないか。何か異論があるならそれを言へば良いのだし、運動の方向が気に入らぬなら参加しなければ良いのである。任意団体による任意の集会なのだから。















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