蟷螂の斧

第18回 「皇統の危機」は本当に去つたのか

六月十日、衆参両院が「皇族数の確保」を巡る全体会議を開いて「立法府の総意」を決定し、その法制化を政府に要請するべく、衆参両院議長・副議長の四者が関係文書を高市首相に手交した。そしてこの「総意」について、今度は木原稔官房長官が十九日に皇室典範改正の骨子案を示し、先の四者に了承された(この手続き自体が理解しがたいが、今は措く)。この後、政府が二十五日の全体会議で各党に説明し、三十日の閣議決定を待つばかりになつた。(その後、八月十七日、国会で「改正皇室典範」が成立したのは周知の通り。)

これまで特に問題とされて来た主要二案は①「女性皇族が婚姻後も皇族身分を保持」②「旧十一宮家の男系男子を養子に迎へる」といふものだ。この二案は令和四年一月に当時の岸田文雄首相が政府報告書として国会に提出した文書を踏襲したものであるが、四年経つた今も、①のやうな恐るべき「時限爆弾」が除去されることがなかつた。確かに、最終骨子案では、婚姻した女性皇族は皇統譜と住民基本台帳法の両方を適用することになつたが、伴侶や子弟は皇族とはならない。これでは中途半端で不安定な印象を免れないのではなからうか。それゆゑ、将来、どうなるか知れたものではない(後述)。この「時限爆弾」の挿入は左傾化したジャーナリズムと左翼政治家、それと「皇統」のことを他人事(ひとごと)としか考へられない不見識の政治家(自民党にも多い)などによる、「合作」とも言ふべき策略であらう。

以下、問題の詳細に入る前に基礎的な事柄を整理しておきたい。

先づ、この「皇位継承問題」が喫緊の課題として浮上したのは、今上天皇皇后両陛下に男性のお子様がをられず、直宮(じきみや)たる秋篠宮同妃両殿下も同様で、「皇室典範」第一条に定められた「皇統に属する男系男子」不在の危機が人々の意識に上つたのが切掛けであつたことを想起したい。本来、「女性皇族数」を増やすといふことは問題になつてゐなかつたのだ。女性皇族をいくら増やしても、「男系男子」存続の要素にはなり得ぬからである。何より、女性皇族が婚姻によつて皇族を離れても、昭和天皇四女の池田厚子さん(現・神社本庁総裁)や黒田清子さんのやうに、伊勢神宮の祭主をお務めになるなど、むしろ皇族でないからできる公務といふものもあり、最も重要な事実は、これまで「女性皇族数」不足による問題など起きてゐないといふことである。この無用な「女性皇族数」造出は「女性・女系天皇」を狙ふ者たちの姦計でなくて何であらうか。

四月十二日の自民党大会では、高市早苗首相が皇位の安定的継承策について、「男系で皇統が継承されてきた歴史的事実こそ天皇の権威と正統性の源だ」と養子案の絶対的必要性を指摘した。これは日本維新の会との連立合意文書にも明記されてゐたことであるにも拘はらず、小林鷹之政調会長は、その僅か三日後の記者会見で、①「女性皇族の結婚後の身分保持」②「旧皇族養子案」の両方の案を実現すべきと言ひ出したのである(必要度の順番も逆転させて)。このあたりの事情は私には分からないが、自民党内に大きな不協和音が響いてゐることは確かであらうし、それゆゑ①が最後まで取り消されることはなかつた。

次に、右の「男系男子」といふ言葉は、父親を辿つて行くと初代の神武天皇に繋がるといふ意味であり、それこそが、「皇位継承」におけるαでありΩである。これを我が先人たちは様々な工夫により二千年以上もの間守り続けて来た歴史がある。これは他国の王朝には絶えて見られないことであり、偉業と評すべきことではないか。最も有名なのは、第二十五代武烈天皇(在位四九八―五〇六)が継嗣のないまま崩御したため、十親等離れた袁本杼命(おおどのみこと「古事記」、「日本書紀」では男大迹尊)が大連(おおむらじ)だつた大伴金村らにより擁立された。後の継体天皇である(在位五〇七――五三一)。武烈と継体は共に応神天皇の五世の孫で、今風に言へば、祖父同士がはとこの関係)である。事ほど左様に先人たちは男系男子を守り続けて来たのである。

さらにまた、しばしば指摘されるやうに、「女性天皇」は推古天皇以下、八方十代の女性天皇がをられた。八方十代といふのはお二方が退位後に再び即位(重祚)したことによる。しかし、言葉は悪いが、言はば「中継ぎ」としての天皇であつて、寡婦として、或いは独身でご生涯を終へてゐる。つまり、女性天皇がお生みになつた「女系天皇」は歴史上一人も存在しなかつたのである。仮に女性天皇が一般男性と結婚されて男子が生まれ、その子が天皇の御位を継げば「女系天皇」となり、神武天皇以来の男系は歴史上初めて途絶え、新たな王朝の始まりとなる。

皇位継承の歴史を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

以上を共通の理解とした上で、これらをいとも簡単に無視した意見が跋扈してゐる現実を見ると、正直、恐ろしくなる。新聞、テレビなど多くのオールドメディアが軽いノリで、或いはある目的を持つて「女性・女系天皇」を支持し、多くの同胞がそれにうつかりと乗せられてゐるからである。

そんな中、「朝日新聞」は当然のことながら、本来は保守系であるはずの「讀賣新聞」が女系天皇支持派の「有識者」とやらを使ひ、悪宣伝に努めてゐるやうである。

五月三十日の「讀賣」に北岡伸一東大名誉教授のインタビュー記事が載つてゐる。北岡は日本外交史を専門とする学者らしいが、平成二十七年に当時の安倍晋三首相が「戦後七十年談話」を出さうとしてゐた時、「私は安倍さんに〈日本は侵略した〉と言つて欲しい」と発言したと伝へられてゐる左翼人士だ。よくもそんな単純な歴史観で外交史の専門家が務まるものだと感心するが、それはさておき、この記事でも無知ゆゑなのか、或いは反皇室のイデオロギーの持ち主だからなのか、「個人の感想」のやうな牽強付会の議論を展開してゐる。ただ、肩書が肩書なので、権威に弱い同胞が納得してしまふかも知れず、愚見の見本のやうな内容であるから、以下、北岡の発言を批判しておきたい。「国会で行われてゐる議論には疑問が残る」といふのが北岡の大前提である。記事はさほど長くはないので、発言は省略せずに引用し、その後に【反論】を記す。

①第一は、女性天皇の可能性を議論していないことだ。男女が対等に活躍している現代に、男性にしか皇位継承権がないのは、おかしい。明治の旧皇室典範制定の際でさえ、最終的には退けられたが、女性天皇や(母方のみ天皇の血を引く)女系天皇の容認は、有力な選択肢だった。

【反論】「男女が対等に活躍している時代に」と言ふが、たかだか戦後八十年程度の現代人の感情や特殊性を優先し、二千年以上(『記紀』によれば二千六百年以上)の歴史的経緯を無視するのはあまりに軽薄だ。歴史的、文化的制度の意義の軽重を測る基準は「過去」であり、現在は決して基準にはならない。西洋の賢哲の言葉に寄り掛かるわけではないが、チェスタトンの言つた「死者の民主主義」といふことがある。「伝統とは、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。単にたまたま生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない」のである(「死者の民主主義」について、より詳しくは拙著『続・言問ふ葦』高木書房、二二八頁以下参照)。

それに、明治の「皇室典範」制定の際、どうして「最終的には退けられた」のか、その理由に思ひを致すべきなのではないか。「法規が慣例を創設したのではなく、慣例から法理が抽出されて成文の法規となった」のであり、女系の子孫の皇位継承は「わが国が履(ふ)み行なつてきた皇位継承の原理に反すると判断されて、撤回された」「明治天皇まで百二十二代の皇位は男系男子による皇位継承の形が不動であったという歴史的事実の重みが決定的」だつたのである(小堀桂一郎東大名誉教授)。また、「皇位継承権」と言ふが、この「権(権利)」も現代の価値基準である。権利といふ概念さへなかつた時代にできたものを権利で云々することは全く無意味であり、決してするべきことではない。そもそも皇室の方々は、我々一般人が普通に所有する選挙権などの諸権利もお持ちでないのである。

慣例と法規を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

②歴史を繙けば、男系男子による継承は側室制度とセットだった。長く続いた男系相続を変えるべきでないというなら、側室制度も続けるべきだが、できるはずがない。長く続く制度でも、国民の意識の変化に応じて変えるべきだ。

【反論】確かに「側室」といふものはあり、あつたどころか、明治以前の百二十一代の天皇のうち、半数近い五十五代が皇后以外の子であつたのだ。これは勿論、北岡の言ふ通りで現代の一般的な国民感情には合はないであらう。しかし、男系を続けるなら「側室制度も続けるべきだ」と言ふのは子供染みてゐる。「『知能』とは答えのあることに素早く答えを出す能力のことであり、『知性』とは答えのないことに答えを出そうとする営みそのもの」(脳科学者の毛内拡)だとすれば、北岡に足りないのは「知性」なのだ。「側室制度」は手段であり、「男系男子の継承」は目的なのだ。何事によらず、手段は臨機応変といふことがある。だから、手段と目的を同日に論ずるのは見当違ひである。

③男系相続は、イスラム諸国などにもある。日本が世界に誇るべきなのは、皇室が国民の厚い支持で長く続いてきた点だ。女系では、誇れなくなるとは思えない。安定継承には長子相続が筋だし、世界の大勢だ。

【反論】先づ、我が国とは宗教・政治・文化・国情が極めて異質なイスラム諸国を例示し、「男系相続はある」などと、何のための言及か。日本はイスラム諸国に倣つたわけではない。イギリス王室をはじめヨーロッパの各王室もそれなりに「国民の厚い支持で長く続いてきた」のだが、我が国の比類なく世界一古い皇室伝統を「世界の大勢」に従はせる必要性など微塵もない。また、「女系では誇れなくなるとは思へない」との言は、「万世一系」が断ち切られた場合に何が起こるかについての想像力を全く欠いてゐるか、知らぬ素振りであるか、どちらかであらう(後述)。それに、「長子相続が筋」とは一体何を根拠としてゐるのか。民間でも、店主が是非とも存続させたい老舗などは、子供が女子だけか長子が女子の場合、後継者として男子を養子に迎へることはしばしば行はれてゐるではないか。

④第二に、旧皇族の男系男子を対象にした養子案は、門地による差別を禁じた憲法十四条に違反する可能性がある。この制度が実現すれば、違憲訴訟が続発するのではないか。「憲法違反の疑いがある」と言われる皇族を作り出すことにならないか、懸念を禁じ得ない。

【反論】①への反論でも述べたが、皇室伝統は近代的な「権利」や「差別」などの言葉で論ずることはできないのである。憲法第十四条の冒頭「すべて国民は」の国民に、例へば天皇陛下は入るのか。もちろん入らないが、もしも入るとすれば、皇室伝統は崩壊せざるを得まい。それに、北岡は反皇室なのだから、第十四条に照らして、皇族の特別扱ひは憲法に「違反する可能性がある」などと腰の引けたことを言はずに、「憲法違反」であるとはつきりと言明したらどうか。それを言へない理由は何か。政府関係の役職を歴任してゐる自身の保身と共に、内心では歴史の重さを感じ、ある種の恐懼や畏敬を感じてゐるからであらうと筆者は想像する。

「恐懼」と言へば、平成二十一年(二〇〇九)、オバマ米大統領が来日して天皇(現・上皇陛下)に謁見した際に見せた、直角に腰を折つての握手が思ひ出される。あれが歴史的ご存在への「恐懼」である。或いは、各国の大使が信任状奉呈式に臨んで陛下の前に立つと、多くの大使の足が小刻みに震へてゐるとの話を読んだことがある。それも恐懼や畏敬の表れでなくて何であらうか。歴史の重みといふものは分かる人には分かるものらしい。

⑤そもそも国民は、一般人から突然、皇族になった人を尊重するだろうか。現在の皇族は、男女を問わず生まれた時から国民に見守られ、愛されて育っている。皇族側も常に国民の目に触れながら皇族の自覚を育んできた。養子になる本人が皇位継承権を持つわけではないが、性別によらず、皇族として長く国民に親しまれている方が皇位を継ぐべきではないか。社会が広く納得することが大事だ。

【反論】「一般人から突然、皇族になった人を尊重するだろうか」といふ言葉を今回吐いたことを北岡には金輪際忘れずにゐて欲しい。女性皇族は婚姻後も皇族身分を保持するが、その配偶者と子は皇統譜に入れない、といふことになりさうだが、いづれ必ず、当該女性皇族の配偶者やその子供が皇族でないのは不平等だ、人権無視だとの意見が必ず出て来るから、その時、同じことを言つて批判してもらひたいものである。また、確かに「養子になる本人が皇位継承権を持つわけではない」のだが、それゆゑ、そのお子さんが皇位継承者(候補)となるまでは一定の時間もあり、そのあいだに「帝王学」を学んで頂ければ良いであらう。また、あまり報道されないが、「菊栄親睦会」といふものがあり、皇室を中心にした、旧宮家、旧皇族、親戚の方々よりなる親睦会があり、例会、大会、慶事・弔事などの集まりが年に何回かあり、所謂「親戚付き合ひ」を長い間なさつて来てゐるのであるから、しかるべき人材も多からうと想像されるのである。

⑥仮に養子を認めるならば、全ての人に可能性を開くべきだろう。優れた人格や識見が重要であり、血筋だけで決めるのは適切ではない。養子縁組の可否を誰が判断するのかも課題だ。いつの間にか知らないうちに決まったというのでは、国民は納得しないだろう。

【反論】「優れた人格や識見」を誰が見極めるのか。筆記試験でも行なつた上で選考委員会が面接でも行なふのか。また、「血筋だけで決めるのは適切ではない」は、先に見たやうに二千年以上の先人たちの努力を蔑ろにするものである。松原正(早稲田大学教授、故人)によれば、本居宣長は、天皇の「貴きは徳によらず、もはら種によれる事にて、下にいかほど徳ある人ある共、かはることあたはず」(「くず花」)と書いた。このやうなことが信じられてゐたからこそ、「源頼朝から徳川慶喜まで、武家の頭領は(略)武力によつて天皇を廢さうなどとつゆ考へはしなかつた」のである。見方を変へれば、「種」への執着は女性差別ではなく、むしろ「男性排除」として作用する。つまり、女性は誰でも皇族となり得る可能性があるが、一般男性にはないのだ。この伝統維持により、第三者による皇位の簒奪を防いで来たのである。「全ての人」といふことになれば必ず良からぬ輩が皇族の仲間入りを画策するであらう。最悪の場合、それは外国人かも知れないのである。また、「いつの間にか決まったら」云々は難癖の類で、たいていの法律は一般人にとつて「いつの間にか」決まつてゐるのではないか。

伝統と制度の検討を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

北岡の議論からは外れるが、六月二十四日、政府は「旧11宮家の男系男子を養子に迎える」案を、養子縁組を禁じた皇室典範第九条の例外規定として実現させることになつた。それは結構であるが、「配偶者及び子がない15歳以上の男子」と要らぬ要件を忍び込ませた。これは大変な悪手であらう。こんな条件を付けることにより、旧宮家のうちどなたが該当するか、マスメディアが見つけ出すことを容易にし、そこから所謂「報道合戦」のやうな事態となり、おそらく「パパラッチ」紛ひのことも平然と行ふであらう。さうなれば、「静謐な環境」とやらは雲散霧消し、候補の方の意思決定さへ左右しかねないことになる。これも参議院副議長であり立憲民主党の福山哲郎が頑強に主張したやうだが、もとを辿れば政府、それも麻生自民党最高顧問―木原稔官房長官体制が入れたものとのことだ(YouTube「門田隆将チャンネル」第二百四十一回、六月二十七日配信による)。新たな「時限爆弾」と言へる。

それにしても、この馬鹿げた要件に反対を表明したのは維新の会、参政党、日本保守党だけらしいので、先の衆院選で三百超の議席を獲つた自民党とは一体何なのであらうか。二十六日に開かれた自民党の「平場」の会議では、十二人が発言し、そのうち十人が反対意見を述べたらしい(門田隆将、同右)。当然のことだと思ふが、おそらく修正はないであらう。高市首相の支持率と権能を以てしても、ここまでなのかと思ふと、自民党内の下剋上の酷薄さに暗澹たる気分になる。

⑦各種の世論調査で養子案への賛否が割れている。高市首相(自民党総裁)は「国論を二分するような政策に果敢に挑戦していく」と言うが、国論を二分して決めるべき問題ではない。

【反論】意図的曲解と言ふべきだ。高市首相が言ひたいのは無理やりに国論を「二分」するといふことではなく、何を言つても屁理屈で反対する北岡のやうな多数の左翼系インテリや一部国民の存在を意識してゐるから、さういふ人士との対決をも辞さずに「果敢に挑戦していく」といふ意味である。他人(ひと)の言ふことをもつと素直に聴いたらどうか。東大系学者の欠点の一つである。「産経」とFNNが十三日と十四日の両日行なつた合同調査によれば、養子案について五十七・七%が賛成で、反対は三十四・七%であつたから、これを「二分」と言ふのは「為にする議論」であらう。

⑧内容以上に腑に落ちないのは、与党が今国会での皇室典範改正を主張していることだ。政府が条文を作成後、最低一年程度は議論を深めるべきだ。具体的な条文があって初めてメリット、デメリットが明らかになり、賛否が言えるようになるはずだ。

【反論】「今なぜ」といふ問ひかけで進行中のものを邪魔するのは、気に入らないことが決まらうとする時の左翼がしばしば使ふ常套句である。この問題についての議論は、小泉純一郎首相当時の平成十七年(二〇〇五)一月に開かれた第一回「皇室典範に関する有識者会議」――素人会議と揶揄されることもあつたけれど――から始まり、平成二十九年(二〇一七)の「退位特例法」が制定された際に、「安定的な皇位継承の流れを確保するための諸課題、女性宮家の創設等」について政府が検討を行ひ、これを受けて菅義偉内閣が令和三年三月に有識者会議を設置。同年十二月、この有識者会議が政府に報告書を提出、令和四年一月、岸田文雄首相は国会にこれを提出し、「立法府の総意」をまとめるやうに指示した結果、出て来たのが本稿冒頭で触れた六月十日の「総意」である。「条文」を発表してから議論を深めよと北岡は言つてゐるわけで、行はれた会議の数と経過した年月を考へれば――その都度の報道もあつた――、これも難癖に過ぎぬと言へよう。

* * * * *

以上で、北岡伸一への反論は終はりにするが、最後に「女性・女系天皇」について改めて述べておく。

先づ、未だに「愛子天皇」などとテレビなどで言つてゐる軽薄人士がゐるが、かういふ輩に「付ける薬」はない。確かに、前記「基礎的な事柄」で触れたやうに、皇統に属する男系男子が途絶えさうになつた時に、一時的に話題になつたことがあつたけれども、平成十八年九月六日に悠仁親王殿下がお生まれになり、その後、令和二年十一月に行はれた「立皇嗣の礼」において、今上陛下が次の天皇は秋篠宮皇嗣だと宣明され、令和三年の「有識者会議」で、「皇位継承順序は秋篠宮皇嗣殿下、悠仁親王殿下までは変更なし」と結論付けられたのだから、お二方より先に「愛子天皇」が誕生する可能性は皆無であるし、第一、さうした議論はお三方に対しても失敬千万な話なのである。戦前なら「不敬罪」で逮捕だ。

どうして女性・女系天皇ではダメなのかと言へば、何も「女性はダメだ」といふことでは全くない。賢明なる読者はお分かりの通り、これまで皇室伝統に脈々と受け継がれて来た、神武天皇以来の「皇統」といふ権威を失ふことにより、何を「正統」とするか不明となるからで、さうなれば国民の畏敬の念は必ず薄れ、「天皇不要論」が巻き起こるであらう。そして、そのことに気づき、期待してゐるからこそ、一九二二年以来、「天皇制打倒」と党是として来た日本共産党が、令和元年(二〇一九)六月に、当時の委員長は志位和夫だつたが、急に「女性・女系天皇容認論」を主張し始めたのだ。

また、外国勢力、はつきり言へば中共などが、「認知戦」と呼ばれる様々な方法で反皇室の悪宣伝を行なつてゐることにも我々は注意せねばならぬ。マスコミの多くが中国共産党の意向を受けて諸々の報道してゐることはもはや周知の通りであるが、反皇室の「X」の書き込みにしばしば簡体字が使はれてゐることは知られてゐるし、「国家問題研究所がそうした〔皇室を貶める〕動画の発信元を調べたところ、香港からのものが大半だったそうである」(動物行動学者にして評論家の竹内久美子)。女性天皇・女系天皇に賛同する人たちは特に気を付けられたい。

最後にどうして男系継承が行はれて来たかについて、あまり触れられないことを記しておきたい。

天皇は先づ以て宗教的ご存在「祭祀王」なのであり、それゆゑ尊いご存在なのだ。現行憲法第七条「天皇の国事行為」の十号に「儀式」が規定されてゐるが、これは例へば「即位の礼」や「新年祝賀の儀」などのことであり、それ以外で最も重要なお仕事は宮中祭祀なのである。戦後、これは「私事」とされてゐるから表立つた報道もなく、知る人ぞ知るといふ話であるが、天皇の実は最も重要なお仕事として位置づけられ、実際に歴代天皇は粛々として実践して来られてゐるものだ。

ニュースでも触れられることがあるので我々国民に比較的知られてゐる新年の「四方拝」がある。少し長い引用になるが、宮中祭祀に詳しい中澤伸弘の説明を引く。これは天皇が伊勢神宮をはじめ四方の神々や御陵を遥拝され、平和と国民の幸福を祈念される祭祀で、「午前五時半に神嘉殿の南庭の屋根を設へた御拝所に脂燭(しそく)の灯りのもと御剣とともに出御になります。天皇陛下はこれ以前に綾綺殿にお出ましのうへ御束帯にお召し替へになります。御拝所は薦(こも)を敷いた上に白布を敷き、その上に真薦、蘭薦を敷き、御拝座の厚畳を設け、燭台二基を立て、その周囲を御屏風二双で囲つたものです。」(中澤伸弘)。当然のことながら、元旦の早朝はあたりはまだ暗く、それ相応に寒い中での御祭儀であり、これと同様の、もしくは類似の祭祀が一年を通じて何度も行はれるのだ。この他、天皇だけが実施される祭儀も多々ある。このやうな時、もしも女性天皇がご懐妊中もしくは出産後まだ間もない時期ならばどうするのか。

祈りの伝統を表した象徴的なイラスト
AI生成イメージ(実際の人物・出来事を撮影したものではありません)

このやうなことを思ふ時、女性・女系天皇を擁立しないのは先人たちの知恵であり、「女性差別」であるとの讒謗は全く的外れなのである。〈了〉(敬称略)(令和八年七月十九日)

【参考文献】

G・K・チェスタトン『正統とは何か』(著作集①)福田・安西訳、春秋社

小堀桂一郎『皇位の正統性について―「万世一系の皇祚」理解のために―』明成社

毛内拡『「頭がいい」とはどういうことか』ちくま新書

松原正『天皇を戴く商人國家』地球社

竹内久美子「『愛子天皇』じゃダメなんです」『WiLL』令和八年七月号

中澤伸弘『宮中祭祀―連綿と続く天皇の祈り』展転社

引用した文献以外にも、左記のものを参考にした。

勝岡寛次『皇統を守る道』明成社

百地章『皇位継承問題Q&A』明成社

中澤伸弘『一般敬語と皇室敬語がわかる本』錦正社

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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