梓弓

第33回 嘘つき岸田

先月、岸田首相が米国の上下両院合同会議で行つた演説は嘘や大仰な言葉が多く一国の首相としては大きな疑問符が付く(以下、引用は外務省HPより)。

先づ目に付く嘘は、自らを「広島出身」だとしてゐることだ。岸田は父親の出身地広島ではなく、生まれも育ちも東京なのだから、自分の選挙区が広島であるにせよ、 Hiroshima nativeといふ表現は無理であらう。

より大きな嘘は、小学校の最初の三年間をニューヨークのクイーンズで過ごした際、「同級生たちは私を親切に受け入れてくれ」たとしてゐることで、令和二年九月に公刊した自著『岸田ビジョン』(講談社)に(筆者は未見だが)、その小学校でマイノリティーとして差別を経験し、それが「政治を志した原点」であるとはつきりと書いてゐるらしい。だとすれば、どちらかの言葉が嘘といふことになるが、後者について「政治を志した原点」とまで言つてゐる以上、前者は米国に対する阿諛追従の類と考へるのが普通であらう。そして、畳みかけるやうに、「私の家族と私をあれほど暖かく迎えて下さって、ありがとうございました」と、得意な歯の浮くやうな台詞を追加してゐる。日本には差別が蔓延してゐるやうなことを言つたが(二月三日のビデオ演説)、米国様には差別が無いらしい。

また、「核兵器の無い世界」の実現に自分の政治キャリアを捧げて来たと言つてゐるが、果たして何か実効があつたのだらうか。嫌味を言つてゐるのではない。岸田も何度か「政治は結果だ」と語つて来たはずだし、我が国を「唯一の被爆国」にしたアメリカに一矢報いようとの気概も感じられない。もつと別な言ひ方があつたらうに。小欄には広島の有権者に対する阿(おもね)りにしか聞こえない。

さういふ空念仏を唱へる前に、「仮にこの世から凡ゆる核兵器が姿を消したとしても(略)それを造り出す能力とその方法の記憶を抹殺する訳には行かない」「何より冷厳な事実は、他国に軍縮案を提示し強制し得る力は相手国を上回る自国の軍事力であるといふアイロニー」であるといふ福田恆存の六十年前の指摘を岸田には読んで欲しいものだ(「平和の理念」)。

それにまた、「最も親しい友人、トモダチ」といふ語を使ひながら、「日本(国民)はアメリカと共にある」と何度か繰り返したが、些か情緒的に過ぎないか。「国家間に友情は無く、国益だけがある」といふ言葉も反芻して貰ひたいものだ。

「『自由と民主主義』という名の宇宙船で、日本は米国の仲間の船員であることを誇りに思います」といふ言葉は、仮に米国が「自由と民主主義」のために戦争を始めたら共に戦ふといふ意味になるけれども、どのくらゐの覚悟と共に言つたのか知れたものではないが、会場で聴いてゐた議員たちは肚では嗤つてゐたであらうと思ふ。(令和六年五月二十日号)

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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