四月の江東区衆院補選について四点指摘したい。
先づは度し難い程の自民党の姑息さだ。最初自民党は乙武洋匡を推薦する方向で動いたが、都連などから批判が続出した。乙武の政治信条が自民党とは全く異なる左翼的なものである以上当然である。しかも乙武からの応援依頼は無く、恥をかいた格好だ。茂木幹事長や小渕選対委員長が考へたのは、小池都知事人気に肖り、且つ次の選挙に向けて貸を作らうとしたらしいが、その魂胆があまりにもさもしいし、自民党の執行部がそれを良しとしてゐたことにも呆れ果てた。都知事選も売国奴小池支持らしい。何を考へてゐるのだか。
二つ目は組織票といふものの危ふさである。立民・共産党が推薦した酒井菜摘の主張は精々区議会候補程度のものであり、国政の水準ではなかつた(彼女だけではないが)。地元での知名度はあつたらしいが、候補者が勢揃ひする討論会に逃げるが如く欠席した酒井が、党利党略による組織票で当選してしまふのである。思へば、自民党の堕落も選挙目当てで公明党との連立政権を組んだ四半世紀前から始まつたのではなかつたか。
三つ目はマスコミによる相変はらずの偏向報道、否、怠惰ゆゑの無能振りである。要するに、何かを批判するにせよ肯定するにせよ、記者は「裏」を取らねばならないが、その「裏」が複雑であつたり煩瑣であつたりすると報道しない自由を選ぶのだ。裏金問題のやうに白黒を付けやすいことには批判的言辞を大量に費やすが、公職選挙法の数々の欠陥などを追及することはない。読者や視聴者を舐め切つてゐるのだらう。
四つ目は四十%といふ投票率である。選挙区以外においてもあれだけ注目され、街で多くの候補者が選挙活動を行ひ、しかも馬鹿丸出しの「政治ゴロ」が大騒ぎをして世間を騒がせたにも拘はらず、六割が投票しなかつた。期日前投票があるのだから連休との関連は理由にはならない。真当な野党が無い中で、これまで惰性的に支持して来た自民党の左傾化に愛想を尽かし、政治には何も期待しないといふ諦念が区民にあつたのであらうか。
皮肉屋のA・ビアスによれば、政治とは「主義主張の争いという美名の陰に正体を隠している利害関係の衝突。私の利益のために国事を運営すること」である(『悪魔の辞典』岩波文庫)。まるで我が国のことだ。だから、政治への無関心は宜なるかなといふ気もするが、こんな調子で立民・共産党が党勢を拡大し続けることになれば、日本は内部から崩壊するであらう。日本の将来は政治家だけではなく、我々有権者の投票行動にも掛かつてゐることは肝に銘じたい。(令和六年六月号)














