蟷螂の斧

第2回 羊頭狗肉――浜崎洋介の場合

新進気鋭の文藝評論家浜崎洋介が珍しく『正論』(令和六年四月号)に「喪われた『批判の作法』」といふ文章を載せてゐた。「珍しく」と言ふのは、彼は藤井聡京都大学教授のYouTube番組に出演したり、藤井の主宰するやや高踏的と言つて良い『クライテリオン』誌に登場したりすることの多い評論家だからだ。また、彼は『福田恆存 思想の〈かたち〉』(新曜社、令和二十三年)の著者でもあり、この書の元になつた論文で東京工業大学(現・東京科学大学)から博士号を授与されてゐるといふ福田研究者でもあるから、無論、私の関心の対象ではあつた。

この『正論』論文は孟子の「反(かえ)りて諸(これ)を己に求めよ」についての福田恆存の解釈から始まる。つまり、自分にとり面白くないことが起こつた時、その理由を他者や社会や相手といふ「外」に求めるのが左翼で、自分に求める人間は右翼であり、自分(福田)は腹の中では必ず己のこと、自分の弱点、自分の力不足を考へるといふ言葉を引いて、しかし、「自分の外に『敵』を見出しているのは今の保守派も同じではないか」と問題を提起する。

だが、そこからが別な意味で問題なのである。そのやうに言ふ以上、具体例が示されると読者は想像するが、豈図らんや、誰のことか明示を避けた三つの例が挙げられるのみなのだ。「ある討論番組で(略)ある大御所と思しき老人から(略)問答無用に一喝された」、「保守業界の重鎮から〔「八紘一宇」といふ語を使用したことについて〕注意を受けたことがある」、「〔皇室問題をめぐつて議論を約束してゐた相手が〕一方的に約束を反故にしたのもまた、とある保守派の人気者だった」といふ次第である。「大御所と思しき老人」「保守業界の重鎮」「保守派の人気者」の三例であり、彼らには「相手の反論を反論として受け止めるという批判の作法が、(略)大人の余裕が微塵もなかった」と非難してゐる。

三例だけを以て「今の保守派」と括るのもどうかと思ふが、それはさて措き、読者としてはそれらが誰であるかは非常に気になるところではないか。「大御所と思しき老人」と言ふが、「大御所」はたいてい「老人」であらう。「保守業界の重鎮」については何人か思ひ浮かぶけれど、誰なのか決め手となる言葉はない(「保守業界」との言ひ方も鼻で笑ふやうな響きがあり、私は好きではない)。「保守派の人気者」も、皇室問題と来れば竹田恒泰だが、確証がない。以上はあまりに思はせぶり且つ杜撰な言葉遣ひで、保守系の学者・評論家が一体何人ゐると思つてゐるのかと詰問したいぐらゐである。

昭和五十二年、当時の国文学会の中心的人物と見られてゐた三好行雄東大教授が、さる大学院生の論文を批判して「若い研究者が」云々と学会誌に書いた。すると、歯に衣着せぬ評論家として国文学会を震撼させてゐた関西大学の谷澤永一(たにざわ・えいいち)が割つて入るかたちで三好に噛み付いた。

「我が国では以前から、批判攻撃を加える対象の実名をわざと伏せてほのめかすにとどめる書き方を、君子の作法であるかの如くに装う変な習慣がある。思えばそれは話が逆だ。はっきり名前を挙げあってこそ、(略)見方を異にする立場からの相応の反駁もできる。(略)批判する相手を丙氏だのT氏だのと書く方式は、意識的あるいは無意識的に、偽りの礼儀に身を隠し、実は相手側からの反論を回避しようと企む、卑怯な逃げ腰から生まれた手前勝手ではあるまいか」と喝破したのである(「文学研究に体系も方法論もあり得ない」『牙ある蟻』冬樹社)。

私は若年の頃、この谷澤の言に深く感銘を受け、谷澤の博覧強記に比べるべくもない浅学の身ながら、心意気だけは彼の驥尾に付さうと決意した。そして、後にそれが私の流儀となり、これまで公にした総ての文章において――特に批判する際には――実名や出典を必ず明示して来た。

書かれたものは勿論、討論番組などでの発言内容を批判するに際して氏名を出したからといつて「誹謗中傷」に当たらないのは常識であり、また、批判された相手に反論の機会を保障することにもなり、議論の公平性が保たれるのである。これこそ「批判の作法」である。谷沢の言は完全に正しい。

オピニオン雑誌などの論文名は編集部が決めることが多い。浜崎自身の意図が題名に反映されてゐるのかは分からないが、本文中に「批判の作法」といふ言葉がある以上、言ひ訳はできまい。まさに羊頭狗肉と言ふほかはないのである。〈了〉(敬称略) (令和七年八月十六日)

【追記】

①題名を裏切るこの論文について、『正論』の編集部は著者に何も指摘しなかつたのだらうか。著者はまだ四十歳代後半である。論客を育ててゆくのも雑誌の務めではないかと思ふ。

実は、右に書いた問題点を簡潔に指摘して、私は編集部に書き送つたのだが、何の音沙汰もなく、著者からも同様であつた。

次回の「蟷螂の斧」にも書くつもりだが、総合雑誌の編集部の知的水準が低下してゐるやうに思ふのは私だけであらうか。

②文中でも触れた浜崎の『福田恆存 思想の〈かたち〉』は関係資料を博捜した労作である。しかし、福田からの引用は別として、全体が現代仮名で書かれてゐる。第三章「福田恆存と『国語』」において、「『現代かなづかい』の無原則性は、福田恆存によれば、『かな』が担う文法的体系性と、『漢字』の有機的連関の分断と破壊をしか意味していなかった」との全く正しい観察を現代仮名で書く矛盾、もしくは居心地の悪さについて、何か一言あつても良かつたのではないか。出版社が売れ行きを心配したとか、博士論文提出に現代仮名の必要があつたとか、何か事情があればそれを読者に正直に伝へるべきだつたと私は考へる。

歴史的仮名遣の正統性を訴へた福田の畢生の啓蒙書『増補版 私の國語教室』(新潮文庫、中公文庫、文春文庫)に、福田は「私の書くほかのものは讀まなくてもいいから、これだけは讀んでいただきたい」とまで書き、読んで欲しい第一の職業は「作家・評論家・學者、その他の文筆家」としてゐたのである。徒に揚げ足取りをするつもりはないけれども、現代仮名による福田恆存論は「画竜点睛を欠く」と言はざるを得ないやうに思ふ。

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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