先月、岸田首相が米国の上下両院合同会議で行つた演説は嘘や大仰な言葉が多く一国の首相としては大きな疑問符が付く(以下、引用は外務省HPより)。
先づ目に付く嘘は、自らを「広島出身」だとしてゐることだ。岸田は父親の出身地広島ではなく、生まれも育ちも東京なのだから、自分の選挙区が広島であるにせよ、 Hiroshima nativeといふ表現は無理であらう。
より大きな嘘は、小学校の最初の三年間をニューヨークのクイーンズで過ごした際、「同級生たちは私を親切に受け入れてくれ」たとしてゐることで、令和二年九月に公刊した自著『岸田ビジョン』(講談社)に(筆者は未見だが)、その小学校でマイノリティーとして差別を経験し、それが「政治を志した原点」であるとはつきりと書いてゐるらしい。だとすれば、どちらかの言葉が嘘といふことになるが、後者について「政治を志した原点」とまで言つてゐる以上、前者は米国に対する阿諛追従の類と考へるのが普通であらう。そして、畳みかけるやうに、「私の家族と私をあれほど暖かく迎えて下さって、ありがとうございました」と、得意な歯の浮くやうな台詞を追加してゐる。日本には差別が蔓延してゐるやうなことを言つたが(二月三日のビデオ演説)、米国様には差別が無いらしい。
また、「核兵器の無い世界」の実現に自分の政治キャリアを捧げて来たと言つてゐるが、果たして何か実効があつたのだらうか。嫌味を言つてゐるのではない。岸田も何度か「政治は結果だ」と語つて来たはずだし、我が国を「唯一の被爆国」にしたアメリカに一矢報いようとの気概も感じられない。もつと別な言ひ方があつたらうに。小欄には広島の有権者に対する阿(おもね)りにしか聞こえない。
さういふ空念仏を唱へる前に、「仮にこの世から凡ゆる核兵器が姿を消したとしても(略)それを造り出す能力とその方法の記憶を抹殺する訳には行かない」「何より冷厳な事実は、他国に軍縮案を提示し強制し得る力は相手国を上回る自国の軍事力であるといふアイロニー」であるといふ福田恆存の六十年前の指摘を岸田には読んで欲しいものだ(「平和の理念」)。
それにまた、「最も親しい友人、トモダチ」といふ語を使ひながら、「日本(国民)はアメリカと共にある」と何度か繰り返したが、些か情緒的に過ぎないか。「国家間に友情は無く、国益だけがある」といふ言葉も反芻して貰ひたいものだ。
「『自由と民主主義』という名の宇宙船で、日本は米国の仲間の船員であることを誇りに思います」といふ言葉は、仮に米国が「自由と民主主義」のために戦争を始めたら共に戦ふといふ意味になるけれども、どのくらゐの覚悟と共に言つたのか知れたものではないが、会場で聴いてゐた議員たちは肚では嗤つてゐたであらうと思ふ。(令和六年五月二十日号)














