安倍晋三元首相亡き後の自民党、特に岸田首相とその政権は、自民党の終焉を予期させる惨状を呈して来た。
本紙六月号で佐々木類麗澤大教授がそんな自民党の起死回生策として「拉致問題解決」と「チャイナマネーとの絶縁」の二つを提言してゐた。しかし、両方ともかなり難しいのではないか。
「救う会全国協議会」の西岡力会長は、今年に入つてからの北朝鮮の岸田首相に対する「揺さぶり」(一月の能登半島地震の際、金正恩総書記直々の見舞ひ電報を寄越したかと思へば、三月には妹の与正が、「岸田首相の〔拉致問題についての〕構想は人気取りに過ぎない」と貶したことなど)について、『月刊Hanada』六月号で、「岸田首相の訪朝の条件を巡り、北朝鮮側が例へば訪朝前のコメ支援などの無理な要求をし、それを受け入れない岸田政権に譲歩を迫つての揺さぶりではないか」と分析してゐる(大意)。たぶんさういふことであらう。けれども、その後岸田政権と自民党の支持率が底を突いたことを金委員長は見てゐるだらうから、さういふ政権と取引をする気はもはや無く、むしろ、次の総選挙で立民党など左翼政権が誕生することを期待を込めて待つてゐるに違ひ無い。まして、新総裁選出までひと月を切つた現在、岸田の公約「総裁任期中に解決」は実現不可能といふことになるであらう。
私は岸田が拉致問題に関して、語気を強めて「一瞬たりとも無駄にせず」とか「私直轄のハイレベルで」とか「自らが先頭に立ち、政府を挙げて全力で取り組む」などと言ふたびに鼻白む思ひがして来た。拉致専門の大臣を置かず官房長官に兼務させるといつた手抜き組閣、ブルーリボンさへ着用しない閣僚が複数ゐても、それを咎めもしない首相……。これで「政府を挙げて全力で」などと良く言へたものだ。同志とともに「救ふ会宮崎」の活動を二十六年やつて来た者としては、腹立たしいとしか言ひやうが無い。
また、「チャイニーズマネーとの絶縁」も不可能としか思はれない。「週刊文春」(令和三年十二月二十三日号)がスクープした松下新平参議員の例もある。さる中国人女を「外交顧問兼外交秘書」にし、議員会館の通行証を与へ、パーティー券販売に関与させ、その結果、松下の政治資金パーティーでは中国語が飛び交ひ、その席に菅義偉元首相が駆け付け、岸田からも「これからの希望の星だ」とするビデオメッセージが届いてゐるのだ。中共の工作員として公安が付け狙ふやうなその女との懇ろな関係が明るみに出ても、本人が辞任しないどころか、自民党内部からも「自民党の面汚し」「辞職相当」といつた非難が巻き起こるといふことは無かつた。
中学生にも分かるであらう、これを批判すれば自分にも跳ね返つて来るからといふ保身ゆゑの沈黙であり、つまりは自民党の代議士はその殆どが同じ穴の狢なのだと考へざるを得ない。
松下だけではない。のちに岸田内閣で法務大臣に就任することになる古川禎久衆議員も、あらうことか、「人民日報(日本語版)」(令和三年六月号)に登場し、インタビューを受けてゐる。これ自体、無防備で危ふい行為だ。そこで古川は、日本の歴史を振り返り、「覇権主義ではうまくいかない」のだから、「お互い〔何でも〕言い合える関係を築いてこそ、日中関係はより良いものになる」と空念仏を唱へてゐる。
かういふのを「うどん屋の釜」(ゆうだけ)と言ふ。古川に問ひたい。これまで、中共に対して何でも言へるやうな関係が存在した例があつたのか、と。令和四年八月に我が国のEEZ内に弾道ミサイルをぶち込まれ、昨年七月には尖閣諸島近くに探査装置付きの海洋ブイを設置されても、「遺憾」で済ませたのはどこの内閣だつたか(ミサイル着弾は古川の法務大臣任期中である)。
このインタビューの約半年前にも、王毅外相(当時)が茂木敏充外相(当時)との共同記者会見で、「尖閣諸島の主権を守つて行く」といふ宣戦布告とも言へる言葉を発したが、これに対して、茂木を始め自民党代議士が何か毅然とした発言をしたとは寡聞にして知らない。そしてインタビューの最後に古川は「西洋のチャンピオンが米国なら、東洋は中国でしょう」などと歯の浮くやうなことを言ひ放つてゐる。
私は松下とも古川とも彼らが国会議員になる前から面識があり、若い頃は好漢と思つたが、今は我が目違ひを恥ぢるのみである。
以上はたまたま宮崎県選出の国会議員たちの話であるが、これは氷山の一角であることは間違ひ無い。
そもそも政治家とは、国家については秩序・安寧・繁栄の維持を、国民については生命・財産・幸福追求の自由を保障するために働く職能であるはずだ。ところが、自民党は(他党も同様だが)、さういふものを守らうとする意志が見えないどころか、むしろ、それらを破壊するやうな政策を次から次へと推進してゐるのだから、良識的な保守層の反発や政治離れを招くのは至極当然である。
今後、日本文化や秩序を大きく毀損することが確実な問題を紙幅の都合で二つだけ挙げれば、昨年六月の「LGBT理解増進法」制定と今年六月の「育成就労制度」創設を中心とする「技能実習適正化法」と「改正入管難民法」の制定である。
前者は「超」が付くほどの悪法であり、「差別」の無い我が国には全く無用の長物である(私の言ふ「差別」とは、社会的不利益を被らせること、強制隔離、公民権の剥奪などのことで、嫌悪感など個人的感情とそれが惹起する類の問題は含まない。事は内心の自由に係はることだから)。イスラム教圏の九ヵ国では同性愛者に今なほ極刑が科されてゐて、これこそ究極的な差別である。だが、日本ではLGBT系のタレントたちが毎日のやうにTVに出て人気を博してゐるではないか。所謂「おかまバー」なども盛況と聞く。
法制化により様々な弊害が新たに生ずることが明白だつたにも拘はらず、岸田は強権を発動してこの法律を無理強ひに成立させた。そして、本年二月四日の「共生社会と人権に関するシンポジウム」(法務省他主催)に寄せたビデオメッセージにおいて、岸田は大略かう演説したのだ。「外国人、障碍者、性的少数者が不当な差別を受ける事案が少なくない。また、特定の民族・国籍の人々が犯罪被害者となり、〈次は自分が被害に遭ふのではないかと、恐怖を感じながら生活してゐる〉」と。法務省の役人のレクチャーに洗脳されたのか、それとも、本気でさう思つてゐるのか。誰が聞いても、およそ非現実的な指摘であり、最後の一節など話があべこべである。ともあれ、岸田は右の言葉によつて、秩序を最大限守つて自制してゐる自国民の顔に泥を塗つたのだ(当時、首相官邸のHPには英訳も掲載されたが、その後削除された模様)。ここまで国民を愚弄した首相はかつてゐなかつたであらう。
次に、先月十四日に成立した外国人材を「育成就労」させるための改正法は、完全な「移民政策」への移行である。今年度より五年間で最大八十二万人を受け入れるとのことだ。
この移民政策推進は、岸田内閣が始めたものでは無く、安倍内閣の時代から「多民族・多文化共生」をスローガンに官邸と内閣府が経済界の意向を受けて進めて来たものだ。
しかし、これもまた様々な問題と軋轢を引き起こすことが容易に想像できる。と言ふより、既に方々で問題が起きてゐる。東京周辺での「チャイナタウン」の形成と秩序破壊、川口市でのクルド人の暴動や犯罪、また大分県ではムスリムの土葬と墓地の問題、等々。畢竟するに、右のスローガンは相手が日本の文化と「共生」を欲しない場合を想定してゐない点で、「空想的平和主義」の変種であると言へよう。
世に、「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」と言ふ。移民政策が結局はどのやうな事態をもたらすかは、米国はもとより、欧州の歴史を見れば明らかである。移民政策が成功した国は皆無なのだ。往時、西ドイツ、フランス、イギリスの失敗があり(ドイツは最近もシリア難民を大量に受け入れて失敗した)、最近ではカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンなどが移民を受け入れた後の対応に非常に苦慮してゐる。その結果はどうなつたか。経済、文化、道徳などの面でヨーロッパがヨーロッパでなくなるのだ。心ある政治家諸氏やこの問題に関心を有する本紙読者は、英国のジャーナリスト、ダグラス・マレーの『西洋の自死』(町田敦夫訳、東洋経済新報社)を是非ともお読み戴きたい。「自死」の過程が綿密に書かれてゐて、読みながら思はず戦慄するはずだ、我が国の運命ではないかと。
移民政策によつて安い労働力は手に入れられるが、それは日本人労働者の賃金の低下を招き、同時に雇用機会も減少し、つひにはもう一つの大問題「少子化」を助長させることになるであらう。信頼するべき経済学者たちによれば、移民推進は全体的にはマイナスで、生産性を高めるための財政支援やインフラ投資により、また、労働参加率を上げることにより労働者不足は切り抜けられるとのことである。それに何より、牛馬にあらざる人間を受け入れるといふことは、その家族も含めて、教育、住宅、医療、保険、生活保護、等々を国民の税金を使つて保障することを意味する。つまり、「移民栄へて国亡ぶ」といふ事態になりかねないのである。
自民党の新総裁に誰が選ばれるか筆者には分からないが、誰であれ、次のやうな、これ以上無い重責を担ふことにならう。それは、自らメディアや経済界の俗説を排し、保身ではなく、真に国家・国民のために決然と働き、率先垂範しながら党を同様の政治家集団として生まれ変はらせることに尽きる。それが出来なければ、「岩盤保守層」は帰つて来ず、自民党は近いうちに政党としての完全なる終焉を迎へることであらう。(『アイデンティティ』紙、令和六年十月号)(敬称略)















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