毎年八月六日頃から十五日にかけては、先の戦争に関して十年一日の如き、東京裁判史観やWGIPに毒された「企画物」をマスメディアが垂れ流すので憂鬱な気分になるのだが、今夏はオリンピックで日本人選手が活躍してくれたお蔭で少しは八月の憂鬱が薄らいだ。
開会式の無国籍趣味と橋本聖子、トーマス・バッハ両氏の長広舌は戴けなかつたし、無観客試合にしたこととマラソンの札幌での実施は悪手だつたと思ふが、立候補した開催国としての責任をコロナ禍の中でも何とか完遂し得たことは日本国民として胸を張りたいと思ふ。けれども、大きな汚点が一つ残つた。陛下の開会宣言の際、何やらぼんやりしてゐて最初から起立をしなかつた菅義偉首相以下の面々の失態である。この非常識を世界が見たと思ふと遣り切れない気分になる。テレビ中継で見た限りであるが、進行のアナウンスメントが流れず、陛下も一瞬戸惑はれたかに見えたが、しかし、陛下がマイクの前に進まれた時に起立すれば良かつただけの話なのだから、何の言ひ訳もできまい。
さて、十五日には恒例の「全国戦没者追悼式」が行はれた。毎年のことながら、いつも首相らの式辞には注目してゐる。菅首相の式辞の前半は遺骨の収集にも触れてゐて良かつたが、後半では「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」といふ例の常套句が入つてをり、非常に失望させられた(本年三月に上梓した拙著『続・言問ふ葦』(高木書房)にも書いたことでもあるし、本紙の常連読者に力説する必要は無いが、今号を初めて手に取る読者もゐるだらうから簡単に説明しておきたい)。
先の戦争が「惨禍」を招き、それを「二度と繰り返さない」と言つてしまふと、その戦争は「悪」だつたといふことになり、如何なる戦争にも惨禍が付き物なのだから、今後は侵略されても白旗を上げ、戦闘行為は行はないといふことになる。これは中学生にも分かる論理である。
この言葉は安倍前首相も使つたが、英霊や一般戦没者への追悼の言葉とはなり得ぬといふことがどうして分からないのだらうか。それに本当に戦争をしないのであれば、抑々自衛隊は無用の長物となつてしまふ。讀賣新聞によれば、岸信夫防衛大臣に至つては靖國神社参拝の際、「不戦の誓い、国民の命と平和な暮らしを守り抜く決意を新たにした」と記者たちに語つたさうだ。戦はなければ命も暮らしも守れぬ事態といふものを想定しないのだらうか。首相と防衛大臣が侵略戦争と自衛戦争とを区別せずに「不戦の誓ひ」を宣言する国――そんな間抜けな国で国民の国防意識が高まるはずがない。こんなことでは九条の改正なんぞ永久にできはしないであらう。
さらに、菅首相の式辞には「世界の誰もが、平和で、心豊かに暮らせる世の中を実現するため、力の限りを尽くしてまいりました」とある。戦没者の御霊の前でこれほどの大法螺を吹ける神経は尋常ではなからう。「実直な秋田県人」などと誰が言つたのか。悪い冗談だ。ウイグル人のジェノサイドを初め、中国共産党の悪辣非道な暴虐について「非難決議」すら出せなかつたではないか。また、「わが国は、積極的平和主義の旗の下、(略)世界が直面する様々な課題の解決に、全力で取り組んでまいります」といふ大風呂敷の言葉にも興醒めするほかはない。さう言ひたいのなら、せめて拉致問題を何とかしてからにしたらどうか。「世界が直面する課題」の前に「日本が直面する課題」に挺身してこそ我が国の政治家である。
大島理森衆院議長の式辞も酷いものだ。「〔世界や我が国の〕現実を直視しつつ、世界の平和と人々の幸せのため、我が国の発展のため、努力しなければなりません」と言つてゐるが、誰が努力するのかが不明な上に、ここでも「世界の」云々と大風呂敷が広げられてゐて鼻白むほかはない。氏は「平和」を四回使用し、「戦争の惨禍を繰り返さない」と常套句を唱へ、また、「われわれ国会議員は、(略)日本国憲法の精神を体して、恒久平和の実現(略)に全力を尽くす所存です」と締め括つた。多くの自民党代議士と同じく、大島氏自身もまた憲法改正なんぞまともに考へたことがなかつたであらう。憲法問題を真剣に考へた人間ならば、ありもせぬ「日本国憲法の精神」なんぞと口が裂けても言へないはずだ。
常套句と言へば、「我が国の現在の平和と繁栄は、戦没者の犠牲の上に築かれてゐる」といふのもある。首相も衆院議長も、そして日本中の追悼式典で多くの首長も使つてゐる文言であるが、その意味を理解して言つてゐるのか疑問無しとしない。多くの犠牲者を出した、しかも負けた戦争である。それが現在の繁栄の基になつたとはどういふことなのか。
この言葉を私は次のやうに理解する。例へば対米開戦時の軍令部総長永野修身の言葉とされる「戦はずば亡国、戦ふも亡国、しかし戦はずして国が亡ぶのは、魂まで失つた真の亡国」といふやうな気概を国民が一定程度共有し、戦ひに負けはしたが、その気概を継承しつつ、生き残つた者の責務として日本国民が営々と積み重ねた努力の結果が「繁栄」なのだ。換言すれば、「日本の経済的繁栄の理由は、砲火を浴びて死んだ兵隊たちに対して日本国民が感じた罪悪感だった」(岸田秀『「哀しみ」という感情』新書館)のである。GHQも指摘してゐたやうに、「占領軍が東京入りした時、日本人の間に戦争贖罪意識は全くと言つていいほど無かつた」(月報)のであつて、先の戦争を「東京裁判史観」から離れて捉へた時、先の常套句は本義を得るのだ。
一方、山東昭子参院議長は賢明だつた。さすがは参院八回当選といふ記録保持者だけのことはある。ひと言も反省や悔悟の言葉を用ゐずに、「戦争で何が起きたのかを後世に伝え、一人ひとりの平和への思いを着実に引き継いで」云々とした。「何が起きたか」を曖昧にして「謝罪」に結び付けないことで、解釈の幅を拡大させたのではないか。勿論、本意は山東女史に訊かなければ分からないが、私はさう解釈してゐる。原爆投下やシベリア抑留や北方領土の不法占領などは、かういふ時決して語られはしないが、それらも「戦争で起きたこと」ではないか。昨年の式辞においても「悲惨な戦争(の経験)」はあつたが、やはり反省や悔悟の言葉はなかつた。山東女史、なかなかの切れ者と見た。
政治とは、「情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いて行く作業である」(M・ウェーバー『職業としての政治』脇圭平訳、岩波文庫)とするなら、心ある政治家諸氏は戦後の「空想的平和主義」といふ「堅い板」に風穴を開けて欲しいと願ふばかりである。
ともあれ、追悼式典なのだから、只管(ひたすら)に戦没者を偲び、悼み悲しめば良いのである。「平和主義」を持ち出すことは、英霊の顔に泥を塗る行為だと知るべきだ。〈了〉(令和三年九月号)















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