過日、筆者は同志たちと共に、日本ウイグル協会副会長のハリマト・ローズ氏他三名の在日ウイグル人と共に街宣活動と証言集会を行つた。
マスメディアがあまり報じてゐないからだらう、道行く多くの人々は「ウイグル」といふ言葉への反応は鈍かつた。一方、証言集会のはうは、関心のありさうな方々に告知を徹底したかひがあつて、まづまづの入りであつた。
スパイになることを拒んだために、肉親との連絡を絶たれたハリマト・ローズ氏は、プロジェクターを使ひながら、同胞がどのやうな非道な仕打ちを受けてゐるかを――時には涙で声を詰まらせつつ――紹介し、やはり在日ウイグル人の詩人で翻訳家のムカイダイス氏は、直前に新型コロナの「濃厚接触者」となり参加を見合はせたが、「防共回廊」にまで遡つた歴史を俯瞰しつつビデオメッセージで懸命に祖国の窮状を語つた。
問題はマスメディアである。結果から言へば、私が予め取材要請をしておいた我が地方都市に本社・支社を置くテレビ・新聞のメディア十一社は、県内初の活動であつたのにも拘はらず、一社を除き、取材に来なかつた。その一社(テレビ局)も街宣活動を取材に来たものの、夕方の証言集会は無視した。
そのテレビ局は街宣活動の様子を夜のニュースで短く取り上げたが、そのナレーションの偏向には驚かされた。即ち、我々が誰も使はない「ウイグル族」といふ語を数度使ひ、また、「欧米諸国が批判する中国によるウイグルへの人権侵害」と表現した。直接的に「中国による人権侵害」と言はずに「欧米諸国が批判する」といふ修飾語を付けたことに社としての尻込みが明確に表れてゐる。昔、マスメディアは拉致問題を報ずる際、常に「所謂拉致」と言つてゐたのを思ひ出した。メールで抗議しておいたが、勿論、梨の礫である。
筆者はマスコミ各社への取材依頼文に、「ウイグルでの人権侵害犯罪は対岸の火事ではない」ことを強調した上で、「県民に、ウイグルの人たちの悲惨な現実と中共の言語を絶する非道を伝へて戴きたく」云々と書いたのだが、この願ひは無視されたわけだ。ウイグル問題を取り上げれば必然的に中共批判に行き着くから、各社を牛耳る左翼幹部が抑へ込んだのか。或いは社として中国に義理でもあるのか、或いは正面から報道できるだけの勉強をしてゐなかつたのか。いづれにせよ、お寒い話である。
しかし、これは単に地方だけの話ではない。在京のキー局も同様だ。「報道しない自由」を謳歌してゐるうちに、情報に敏感な世代がマスメディアに背を向け、「オワコン」(終はつたコンテンツ)なる語を呈してゐるのも宜なるかなである。(令和四年六月号)














