梓弓

第14回 マスメディアの懶惰

過日、筆者は同志たちと共に、日本ウイグル協会副会長のハリマト・ローズ氏他三名の在日ウイグル人と共に街宣活動と証言集会を行つた。

マスメディアがあまり報じてゐないからだらう、道行く多くの人々は「ウイグル」といふ言葉への反応は鈍かつた。一方、証言集会のはうは、関心のありさうな方々に告知を徹底したかひがあつて、まづまづの入りであつた。

スパイになることを拒んだために、肉親との連絡を絶たれたハリマト・ローズ氏は、プロジェクターを使ひながら、同胞がどのやうな非道な仕打ちを受けてゐるかを――時には涙で声を詰まらせつつ――紹介し、やはり在日ウイグル人の詩人で翻訳家のムカイダイス氏は、直前に新型コロナの「濃厚接触者」となり参加を見合はせたが、「防共回廊」にまで遡つた歴史を俯瞰しつつビデオメッセージで懸命に祖国の窮状を語つた。

問題はマスメディアである。結果から言へば、私が予め取材要請をしておいた我が地方都市に本社・支社を置くテレビ・新聞のメディア十一社は、県内初の活動であつたのにも拘はらず、一社を除き、取材に来なかつた。その一社(テレビ局)も街宣活動を取材に来たものの、夕方の証言集会は無視した。

そのテレビ局は街宣活動の様子を夜のニュースで短く取り上げたが、そのナレーションの偏向には驚かされた。即ち、我々が誰も使はない「ウイグル族」といふ語を数度使ひ、また、「欧米諸国が批判する中国によるウイグルへの人権侵害」と表現した。直接的に「中国による人権侵害」と言はずに「欧米諸国が批判する」といふ修飾語を付けたことに社としての尻込みが明確に表れてゐる。昔、マスメディアは拉致問題を報ずる際、常に「所謂拉致」と言つてゐたのを思ひ出した。メールで抗議しておいたが、勿論、梨の礫である。

筆者はマスコミ各社への取材依頼文に、「ウイグルでの人権侵害犯罪は対岸の火事ではない」ことを強調した上で、「県民に、ウイグルの人たちの悲惨な現実と中共の言語を絶する非道を伝へて戴きたく」云々と書いたのだが、この願ひは無視されたわけだ。ウイグル問題を取り上げれば必然的に中共批判に行き着くから、各社を牛耳る左翼幹部が抑へ込んだのか。或いは社として中国に義理でもあるのか、或いは正面から報道できるだけの勉強をしてゐなかつたのか。いづれにせよ、お寒い話である。

しかし、これは単に地方だけの話ではない。在京のキー局も同様だ。「報道しない自由」を謳歌してゐるうちに、情報に敏感な世代がマスメディアに背を向け、「オワコン」(終はつたコンテンツ)なる語を呈してゐるのも宜なるかなである。(令和四年六月号)

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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