今通常国会では内閣提出の法案が六十一本通過し、その中に「こども家庭庁設置法案」があつた。
この法案の主旨は、子供を社会全体で大事にして育てようといふことで、一見すると適切な法案のやうに見えるのだが、実は反日勢力によつて地雷が仕掛けられてゐる。
「任務」を記した第三条はかうだ。「こども家庭庁は、心身の発達の過程にある者(以下「こども」という。)が自立した個人としてひとしく健やかに成長することのできる社会の実現に向け、子育てにおける家庭の役割の重要性を踏まえつつ、こどもの年齢及び発達の程度に応じ、その意見を尊重し、その最善の利益を優先して考慮することを基本とし、こども及びこどものある家庭の福祉の増進及び保健の向上その他のこどもの健やかな成長及びこどものある家庭における子育てに対する支援並びにこどもの権利利益の擁護に関する事務を行うことを任務とする」。
「こども及びこどものある家庭」などのくどい表現は我慢するとしても(せめて、「いる」として欲しいが)、ひどい悪文だ。条文の要点は「基本とし」までで十分であるにも拘はらず、そこにダラダラと――国民なら誰にでも当て嵌まる――福祉、保健、就中「権利利益」といふ言葉を挿入してゐる。だが、この「権利利益」こそある種の勢力にとつては重要なのだ。
確かにユニセフの「児童の権利条約」を読むと生存や発達の権利、意見表明などの権利を認めてゐるが、同時に、児童には「特別の保護及びケアが必要である」とも書かれてゐる。これは常識的な判断であつて、「責任」といふ問題があるから、大人と同様、権利をむやみに与へれば良いといふものではないし、それに何より、ユニセフの言ふ「権利」とは、幼児の人身売買が行はれたり、年端もゆかぬ子共に銃を持たせたり、或いは女子への教育を禁止したりする国々の蛮行に抗するための「権利」なのである。
また、子供たちの「最善の利益」と言ふが、誰が決めるのか不明である以上、最後は子供本人の決定を認めざるを得なくなる。そこが有識者会議に名を連ねてゐる左翼系人士の狙ひどころなのだと思ふ。「こども基本法」もさうだが、これらの法案成立を推進して来た勢力はその運動の中で、「日の丸・君が代・元号を拒否する権利」「学校へ行かない権利」「職員会議を傍聴する権利」などを謳つてゐる勢力なのである。「地雷」と言ふ所以だ。
こんな法案が易々と通つてしまふ国会とは一体何なのか。が、戦争の「抑止」には何が必要かが全く分からず、海外でのスピーチにおいて自分の派閥名を得意気に語る暗愚の宰相(注・岸田文雄)とは、まさに「割れ鍋に綴ぢ蓋」であるに違ひない。(令和四年七月号)














