岸田政権は真に亡国政権と言ふに相応しい。六月に「移民政策」に大きく舵を切つたのを皮切りに、八月には、当時の斎藤健法務大臣が、日本で生まれ育つたものの、親が不法滞在者ゆゑに在留資格を与へられない外国人の子供百四十人程度に対し、人道上の配慮から、「在留特別許可」を特例で出す方針を固めた。未成年の子供たちにだけ出すわけにはゆかぬから、当然その両親の在留も認めることになる。
小欄も子を持つ親だから、気の毒には思ふけれども、「かはいさうに」で済む話ではないし、済ませてはならない。仮に子供が高校生ならば、不法滞在は十数年に及ぶことになる。抑々、日本人の国籍は米国やカナダが採用してゐる出生地主義ではなく、血統主義ではなかつたか。責められるべきはあくまでも不法滞在といふ法規違反を犯しながら、我が国で子を産み育てようとする親たちである。ひと昔前のまともな日本人なら、「盗人猛々しい」と非難したことであらう。
この特例法については、在日中国人ネットワークで速報されたとも聞く。将来、必ずこの弛緩した特例法を悪用する外国人が出て来ようし、真面目に税金を払ひ、法令を遵守してゐる在日外国人も不公平感を託つであらう。そして、そのことは我が国が「法治国家」ではなく、隣国同様の「情治国家」であるといふことを国の内外に喧伝することになる。その結果どうなるか。心ある政治家諸氏は英国のジャーナリスト、ダグラス・マレーの『西洋の自死』(町田敦夫訳、東洋経済新報社)を是非とも読んで欲しい。読んで慄然として欲しい。
そして今度は十月、「ムスリム受け入れ環境整備啓発事業業務委託」なる胡乱な計画を愛知県がぶち上げた。その計画の眼目は、マレーシアやインドネシアなどのムスリムを旅行者として呼び込まうとするものである。そしてそのために、「事業者に向けたムスリム旅行者受入セミナーを実施し、ムスリムへの理解を深め、ムスリム対応の拡大と質の向上を目指す」としてゐる。
ムスリムとは「アッラー(神)に帰依した者」の意であり、抑々イスラムとは「アッラーへの絶対的服従」といふ意味である。さうなるとアッラーやムハンマドが何を言つたかといふことが重要で、『コーラン』(最近では「クルアーン」と書くらしい)の全篇を貫く異教徒や多神教徒への「呪詛」を一顧だにしない政策は危険である。とは言へ、小欄はイスラム教徒を排撃するつもりは無い(知人のウイグル人たちは皆イスラム教徒である)。ただ、我々日本人とは全く異なる世界観を有するムスリムの「理解」は「業務委託」などと言ふ軽薄な政策で何とかなるほど容易なものではないと言ひたいだけである。(令和五年十二月号)














