鱓(ごまめ)の歯ぎしり

令和五年腹立ち三題噺 岸田、岸田、岸田!

「腹立ち三題噺」の執筆は四回目で(第一回目は拙著『続・言問ふ葦――「常識を取り戻すために』(高木書房)に所収――吉田註)、いつものやうに三題では収まらないが、ほとんどの腹立ち噺の出処が岸田政権と自民党政治であるといふ点が今年の特徴である。

岸田首相も昨年末には安保三文書を閣議決定し、防衛費も五年間でとにもかくにも約四十三兆円の増額を決定するなど、国防問題では一応の業績を残したと言へるかも知れない。

ALPS処理水の放出を決めたことも評価できよう。しかし、この人は二の矢、三の矢を放つことができないのだ。処理水について習近平がケチをつけて日本の海産物を禁輸したら、対抗的な策を講じた上で、中国が我が国より大量の処理水を放出してゐる事実・数字を世界に向けて喧伝するべきだつたのだ。日本が今年度放出するトリチウム濃度が五兆㏃に対し、一昨年の中国のそれは二百十八兆㏃、約四十四倍であると(「産経」八月二十五日)。

何の根拠も示さずにAIの規制を緩めたり、EVを推奨したり、旧統一教会の解散請求を決定したりと、これらは総てマスコミやリベラル左翼への迎合であり、ポピュリズム以外の何物でもない。

事程左様に、安保三文書の決定以外では、岸田首相以下自民党は所謂「保守党」として何を守らうとしてゐるのか全く不明のまま政権にしがみついてゐるだけの党となり果てたのである。

ここで改めて保守とは何かといふことに触れておきたい。保守とは、観念的であるがゆゑに未だ実証されず、確信を持てない事どもよりも、歴史や伝統の重み、或いは民族において蓄積されて来た文化、知恵、思想などを重要視する慎重な心構へのことであらう。

さらに、風刺家のA・ビアスは「保守主義者」を定義して「現存する弊害を新たな弊害をもって代えたいという自由主義者に対して、現存する弊害に魅せられている政治家のこと」としてゐる(西川正身編訳『新編・悪魔の辞典』岩波文庫)。箴言集だから言葉における一種の対位法の如く、後半で弊害に「魅せられている」とシニカルに書いてゐるが、前半の指摘は全く正鵠を射てゐるのではなからうか。

目の前にある弊害を新たな弊害で代替するのはまさにリベラル左翼の思考・行動様式だ。それが最も典型的に表れたのが、六月、岸田首相が無理強ひに成立させたLGBT理解増進法といふ狂気の悪法である。しかもこれは「現存する弊害」よりも一層大きな「新たな弊害」を生むことが、火を見るより明らかな法案だつた。そして、法案通過後ひと月ほどして、自民党有志が「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」(略称・女性を守る議連)を結成し、約百名が結集した。その意図は良しとしても、ではなぜ法案反対者が五名しか出なかつたのか。選挙の際、党の公認を得られないかららしいが、「思想の自由」の無い自由民主党とは笑へない笑ひ話の類だ。自民党の為体がこのまま続くやうなら、ごく一部の人間が「弊害」と称する夫婦同姓や通常の異性婚も新たな弊害に代替されかねない。

このほか、やはり六月だつたが、岸田内閣は出入国管理法を改定し、その結果、「特定技能二号」の対象業務を拡大し、対象者には在留期限を設けず、しかも家族の帯同を可能とした。完全なる移民政策への切り替へだ。これも「新たな弊害」が予想可能、と言ふより既に方々で問題が起きてゐる。その問題とは治安の悪化と文化の破壊である。川口市のクルド人や東京近郊の中国人などが惹起してゐる問題は既に知られてゐるが、新たな問題として、ムスリムの土葬問題が大分県日出町と隣の山香町で起きてゐる。これは宗教文化の問題であるから始末が悪い。けれども、他国に不法滞在したあげく、死後は自分たちの流儀で土葬をしたいといふのは控へ目に言つても図々しい(日本に帰化してゐる場合には別個に考へる必要があるが)。そんなことを一々認めてゐたら、そのうち、道路標識などを平仮名にせよ、あらゆる料理店や刑務所の食事もハラル食品を取り入れよ、などと言ひ出しかねず、自民党もリベラル左翼やマスコミも弱者救済の美名の下に譲歩し続けるであらう。しかし、「多民族・多文化共生」は、相手がこちらの文化と「共生」を欲しない場合を想定してゐないといふ点で、空想的平和主義の変種と言はねばならない。

我々日本人はいつしか「勧善懲悪」といふ観念を忘却し始めてゐるのではなからうか。これ無くしては「正義」を確立できず、外交も内政も教育も――抑々人間も――中心を失つた空漠たるものと化すほかはない。

良い例が、パレスチナ人民の代弁者でも何でもないテロ集団ハマスがいきなりイスラエルにロケット弾数千発を打ち込んだ際、岸田首相が自身の「X」において「全ての当事者に最大限の自制を求めます」といふ宙ぶらりんな所見を発表したことだ。単なる外交音痴なのか、それとも我が国における多数派中東研究者たちの謬見に惑はされてのことか不明だが、これも「勧善懲悪」の意識を喪失してゐるからだ。先進七カ国のうち六カ国が反ハマス・親イスラエルの立場を表明したのと際立つた違ひを見せた。

昨年の八月四日、中共が史上初めて我が国のEEZ内に弾道ミサイルを着弾させたとき、岸田首相は緊急記者会見も開かなければ、国家安全保障会議(NSC)も招集しなかつた。今回もまた、七月に中国が海洋ブイを尖閣諸島近くのEEZ内に設置したが、岸田首相も林外相(当時)もすぐに撤去しようとせず、十一月になつて上川外相が「国連海洋法条約には明文規定が無い」といふ実に間抜けな――外務官僚の作つた――答弁を行つた。「明文規定が無い」のなら撤去して良いのだ。十一月十七日に米国で日中首脳会談が行はれ、ほとんど何も成果が無かつたが、もしも会談前に、ブイを「未確認漂流物」とでも命名し、撤去、解体、精査をした上で復元し、「貴国の落とし物と判明したので返却する」とでも言へば、習近平は岸田首相を少しは見直したのではないか。序に言へば、このブイについてのメディアの報道も腰が引けてゐた。「ブイ」と言つても、実は大きなアンテナ付きの特殊ブイであり、その写真はいつまでも新聞などに載らなかつた。読者にその直径十メートルもある巨大な姿形を隠蔽しようとしたとしか思へない。マスコミも「勧善懲悪」の精神を失つてゐる証拠だ。

国防とは、兵器だけが豊富にあれば良いといふものではない。それを用ゐて戦ふ自衛官の士気の高さが必要であり、そして彼らを信頼して鼓舞する一般国民の士気も必要である。それ無くしては兵士は十分に戦へない。しかし、右に見て来たやうに、「勧善懲悪」を忘れた、即ち正義を喪失した国家の兵士と国民が果たして立派に戦へるだらうか。弱者救済といふ究極的偽善の名の下に国民の分断を引き起こし、これまで先人たちが築いて来た知恵の総体としての文化を軽々に放擲するならば、やがて人心は乱れ、国は内側から崩壊するに違ひ無い。

かくなる上は、総理としてしたいことは「人事」と答へた愚鈍な宰相には一刻も早く退場してもらひ、あの女性宰相の登場を願ふばかりである。勿論、現外務大臣のことではない。<了>(令五年十二月号)

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

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