梓弓

第41回 夫婦別姓と幸福感

「選択的夫婦別姓」の推進派は当初、婚姻で姓を変へることにより社会活動で不利益を被るからとしてゐたはずだが、旧姓使用を法的に認めようといふ案にも反対してゐる。真の目的が国民の混乱・分断と戸籍の廃止にあるのは見易い道理だ。推進派の理論的主導者と思しき二宮修平は「戸籍制度の個人単位化は必然である」と書いてゐる(『家族と法』岩波新書)。

子供の姓を決める際の手続きが曖昧なのも、「選択的夫婦別姓」は「強制的親子別姓」だといふ認識が、子供を大事にする国民間に広まることを恐れてゐるからだらう。

しかし、その種の議論の前に、現実といふものを虚心に見なければ、本来、議論は始まらない。

内閣府が二〇二二年四月に発表した調査結果では、女性の方が別姓を望む声が多いものの(男二十五・三%、女三十二・一%)、「既婚で離婚経験無し」の女性の場合には、別姓支持者が二十七・三%とむしろ減少してをり、同姓支持者は二十七・一%、通称使用の制度化支持が四十三・〇%、合計七十・一%だ。これが婚姻時に姓を変へたであらう女性たちの「民意」なのだ。石破首相の言つた、「姓を変えることで、ものすごくつらい思いをしている人が大勢いる」とは一体どこの誰のことか(尤も、年明け頃から通称使用の方に傾き始めたやうに見えるが)。「アイデンティティ喪失」の問題にしても、時を経るに連れ、新しい姓が、子供と同じであればなほのこと、母親としてアイデンティティの核となることは大いにあり得るはずだ。

女性リベラルたちは、しばしば所謂「ジェンダーギャップ」を論ひ、「日本は遅れてゐる」と宣ふのが常であるが、彼女らが決して触れたがらないことがある。それは我が国の女性たちの言はば「幸福感」である。「日経クロスウーマン」の二〇一六年の調査によれば、「生まれ変わるとしたら女」と答へた女性は半数近くの四十六・七%で、「男」としたのはその半分の二十二・五%、「どちらでも良い」が三十・八%である。「共同通信」の二〇二四年の調査では過半数(五十七・二%)が「女」と回答してゐるのだ。この数字は、日本女性の多くが、夫婦同姓も含め、日本で生きることに「幸福感」を抱いてゐる証拠ではないか。この数字は国際比較でも一、二位となる数字であり、浅はかなリベラルたちが切歯扼腕する図が思ひ浮かぶ。同時に、さすがは女性神を最高神とする、世界でも稀な我が国柄ゆゑと小欄は納得するのだが。

尚、本紙が残念ながら休刊となる由である。かつて「白刃」を鞘に収めた小欄は、今回は「梓弓」を弓袋に収めることになつた。長らくのご愛読、ありがたうございました。(令和七年三月号)

【追記】

「白刃」「梓弓」云々については前書きを参照されたい。

吉田好克

吉田好克について 吉田好克は、神道・宗教・日本思想・歴史・政治・社会について、長年にわたり研究・教育・執筆を続ける論者です。 その関心の中心にあるのは、個々の時事問題そのものではありません。 日本とは何か。 日本人はいかに生きるべきか。 歴史や伝統を、現代にどう受け継いでいくのか。 そうした根源的な問いを、宗教、思想、歴史、社会のさまざまな角度から考え続けています。 論考では、福田恆存、江藤淳をはじめとする先人の思想や、国内外の文献を幅広く参照しながら、現代社会で当然のように語られている価値観や言説を改めて問い直します。 その姿勢は、特定のイデオロギーから現実を説明するのではなく、歴史、伝統、人間の営みという現実から、思想や制度を見つめ直すことにあります。 連続論考「蟷螂の斧」では、外国人労働者問題、戦後日本とキリスト教、原爆忌と平和思想、安全保障、靖国神社、保守思想、政治家論など、現代日本が直面する問題を幅広く取り上げています。 「蟷螂の斧」という名の通り、たとえ小さな力であっても、疑問を抱いた問題には自らの言葉で向き合う。 その文章には一貫して、日本の歴史と文化を次代へどうつなぐのかという問題意識があります。 本サイト「吉田好克.jp」では、「蟷螂の斧」をはじめ、これまでに執筆された論文、評論、寄稿、講義資料などを整理し、吉田好克の知的成果をデジタルアーカイブとして公開していきます。

この論考は役に立ちましたか?

参考になりましたら、下のボタンで教えてください。

関連論考

新着論考
会員限定
おすすめ
PAGE TOP
ログイン 会員登録
会員登録